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18世紀西欧文化の申し子

2010年3月21日 日曜日

池内紀<おさむ>『モーツァルト考』(講談社学術文庫、1996)

モーツァルト(1756-1791)の人物像っていうと、
映画「アマデウス」が印象に残っている人が多いのかな。
あれは確かに傑作ですけど(音楽の使い方もね)、
「年取ったサリエリが回想するモーツァルト」
ですからね。

秀才が天才に抱く嫉妬、
すごさはわかるけど自分はできないという引け目、
見方がかなり歪んでますから。

「モーツァルトってあんな下品な人だったんだ~」
で終わっちゃ、ものの見方が浅い。
それ、自分に引きつけて考えてるでしょう?
安心してどうしますよ(笑)。

親しい従姉妹に出した手紙などが残ったので、
お下品なところがあったのはよく知られていますが、
ここまで強調するんかい?
とわたしはちょっと不満でした。

天才的な創作者(モーツァルトの場合は音楽)は
自分の天分を発揮するために生涯を捧げる。
<作り出すものの価値がすばらしい>
ってことが何より大切で、
人物像は二の次三の次。

といいながら、時代の子としての
モーツァルトは気になる。

「アマデウス」を観る前から、
モーツァルトは
<人生を愉しんで生きた人>
だと思っていて、そこが好きでした。

彼の生きた時代は18世紀、
フランス革命以後、
西欧社会が二度も三度もひっくり返る前の、
ゆるやかな優雅さがあった。

英国の女性小説家、
ジェーン・オースティン(1775-1817)
もほぼ同じころですよね。

というわけで、
18世紀の西欧はどういう時代だったのか、
そしてモーツァルトが18世紀西欧文化の申し子
であることを教えてくれるのが、この本です。

池内紀はドイツ文学の学者だった人で、
現在は物書き業に精を出してます。
エッセイを山ほど書いてますし、
(読んでないけど)カフカやゲーテなど翻訳もありますね。
NHKーFM「日曜喫茶室」(はかま満緒司会)にもよく出ていた。
(そういえばあの時間帯、最近は松尾貴史の
「トーキング ウィズ 松尾堂」がほとんどでつまらないなー。)

読みやすい文章に定評がありますが、
この本では編集部相手に資料やメモを見ずに
語りおろしているのでお話を聴いているみたい
に読めます。

第一章 時代の申し子、時代の頂点
第二章 「小さな大人」の旅の日々
第三章 手紙の中の天才
第六章 死の一年

次の二章はビデオ鑑賞合宿で練り上げた
対話方式になっています。

第四章 ウィーンとフリーメイソン
第五章 オペラの魅惑

なお、同じ著者にモーツァルトの故郷を書いた
『ザルツブルグ』(ちくま文庫、1996。
元本は1988、音楽之友社より刊行)
という本が
あります。興味のある方は併せてどうぞ。