ぱぐの好きなうた(2) 2000.9.9


    秋の野に笹わけし朝の袖よりも
      逢はで来し夜ぞひちまさりける
業平朝臣 古今和歌集 巻十三 恋歌三
秋の野原に
笹をかき分けて
帰った後朝の袖が露で濡れるより
あなたを訪ねたのに逢えなかった
夜は涙でもっとびっしょり濡れるのです

*ひち(漬ち、沾ち)=びっしょり濡れる。

表紙の歌の入れ替えをしようと思い、古今集の恋歌から秋を詠んだものを探しました。
訳をつけてみたのは、大野晋・丸谷才一『光る源氏の物語』上/下(中公文庫)の中で、丸谷氏が歌を分かち書きで詩らしく訳していることに感心したからで、要するにまねです(笑)。
ついでに書くと、現在、俵万智さんが「文藝春秋」に連載している「愛する源氏物語」は和歌に注目して書いているもので、チョコレート語訳(俵さんの現代語訳)が見どころのひとつです。興味のある方はご覧あれ。

これはお題でいう「逢ふて逢はざる恋」になるのかな。一度は逢えて後朝(きぬぎぬ)の時間も持てたのに、訪ねても逢えなかったと詠んでいるわけですから。「ひち」ということばが現代語にないのでそこの部分だけ意味が取れないけど、あとは調べもがいいし、わかりやすい。
aki
sasa
ahade

と五七五部分がア行ではじまっていることが調べのよさのひとつかなと思います。

古今集では、この歌のあとに小野小町の
 海松布なき我が身を浦と知らねばやかれなで海人の足たゆく来る
という歌がきています。わかりにくい歌ですが、海松布=「みるめ」と読み、「見る目」と懸けてあります。海底に生える海藻のこと。かれなで=離れなで、敬遠しないで。たゆく=疲れてだるくなるほど。
 海松布の生えない
 浦とも知らずに
 漁師は足がだるくなるくらいやってくる
 あのひとに逢い見る目などない私と
 ご存じないのかしら
 しきりにお通いになっていらっしゃるけれど

この二首が並んでいるのは編集の都合で偶然なったのですが、『伊勢物語』第二十五段では贈答の形に組まれています。そんなに長くないので全文紹介します。

むかし、男ありけり。逢はじとも言はざりける女の、さすがなりけるがもとにいひやりける。
 秋の野に笹わけし朝の袖よりも逢はで来し夜ぞひちまさりける

色好みなる女、返し、
 
海松布なき我が身を浦と知らねばやかれなで海人の足たゆく来る

「逢いません」とは言わず、いざとなると逢おうとはしなかった女のところに贈った、ということです。業平と小野小町という組み合わせに惹かれて作られた話でしょうか。「色好みなる女」というのは小町のことのようだし。『伊勢物語』の一部は『古今和歌集』から素材を採っているという証明にもなっている組み合わせです。

参考:『古今和歌集』『伊勢物語』いずれも新潮日本古典集成版。

なお、壁紙に笹の絵を探したのですが見つからなかったので、<昔日本と昔ヨーロッパクリップアート集、万華鏡>の竹で代用しました。
































































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