以前表紙に載せていたこの歌、真っ先に挙げたい、ぱぐの好きなうたです。たしか中学の古典の時間に習ったのだと思います。「さつき」というのは花のことではなくて「五月」。旧暦五月ですから現在の太陽暦だと六月になるでしょうか。
「花橘」は橘の花のことです。その香りをかぐとむかし親しんだひとの香りがすることであるよ、というわけです。古典の時間に習ったところでは、「むかしのひと」は「むかし恋人だったおんなのひと」のことだという話だったので、印象に残りました。私はしませんが今でも香水をするひとはいますから、柑橘系の香りをかいで同じ状況になることはありえますね。
橘は「右近(うこん)の桜、左近(さこん)の橘」といって、平安京内裏(だいり)の紫宸殿(ししんでん、内裏の正殿)の前庭左右に植えられていた木です。この右左は天皇が南に向かって座ったときの右左です。今でも京都御所に植えられています。
この歌は当時大変愛されたようで、『伊勢物語』第60段にも見えます。
「宮仕へいそがしく、心もまめならざりける(仕事が忙しく、気持ちもまめでない)」夫に不満を抱いた妻が、「まめに思はむといふ人につきて(あなたのことまめに思いますよ、と言うひとに従って)」、夫のもとを離れてしまったのでした。
ある時、前の夫が天皇の勅使として豊前の国の宇佐神宮(現・大分県)へ行きました。勅使は道中各地で接待を受けることになっています。男が勅使となって訪れた土地では、偶然昔の妻だった女が接待役の妻になっていました。男は宴会の席で、
「あなたの奥さんにも出てもらって杯を勧めてもらいたいなあ」
とさらっと言いました。周りのひとはなにも事情を知らないので、接待役の方は妻を呼んでこないわけにはいかない。
女がおそるおそる出てきてふるえながら杯を差し出すと、酒のつまみとして出ていた橘(食べられるのでしょうか?)を手にとって、男は
さつき待つ花橘の香をかげばむかしのひとの袖の香ぞする
と詠んだのでした。男の方に未練があって詠んだとは思えませんが、女はひどく動揺しその後ついに出家してしまったということです。
『古今和歌集』と『伊勢物語』には重なる歌が多く、『古今和歌集』の長めの詞書がそのまま物語に発展したと見られるものも多いので、この歌もたぶんあとから話が作られたのではないかと思いますが、よくできた話ですね。
壁紙を花橘の襲色目(かさねいろめ)に変更。素材は平安素材「綺陽堂」よりいただきました。(2000.9.9)
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