マラソン・リーディング2001の感想(2)


以下は朗読終了後のことについて。
日記の題名は「朗読会終了後におけるもろもろ」

ごーふる・たうんBBSのオフというのがあるかどうか知らないが、今のわたしはめったにこういう会に出ない。逢えるひとがいるならみんなに逢いたかった。ここで穂村弘さんにご挨拶してしまえば、ほかのごーふるの住人にも近づきになれたらしい。ちょっとした人だかりができていたのでおじけづき遠巻きに眺めた。めまい屋さんとは念を送り合う約束をしたのだ(笑)が、錦見さんへの花束があるのを発見しただけである。コメットさんも写真を撮っていたらしいがわからなかった。
まおさんはたばこでも吸いにいったのか、あるいは出演者のねぎらいに行ったのか姿が見えなくなった。スタッフのひとたちはこんどは片づけに大わらわである。無駄話につきあわせるのも悪いのでロビーに出てひとりでぼんやりしていた。辰巳泰子さんが受付のひとになにか言ってサッと帰って行ったのが目につく。あんまりおしゃべりするのは好きじゃないのかな、などと思った。同い年とは思えないしっかりしたひとだ。

片づけが済んだところで、えんじゅさんが
「二次会に行くひとは?」
と手を挙げさせた。へんな観客だがのばらありすさんに見せるものは大事な約束だ。トトロには遅くなるからと断ってあるのでわたしも挙手。四五十人いたらしい。ぞろぞろ会場を出る。
途中でごーふるのきょうこくじらさんに声をかけられたので、話しながら歩く。ラエティティアという文芸集団メーリングリストのメンバーだという。今日の出演者にはラエのひとたちが多いらしい。巻耳さんやまおさんもそうだし、Asahi-netの歌会の参加者でここに入った人が何人かいるのでそんな話をする。ひぐらしひなつさんとかひまわりさんとか。わたしはそのひとたちの友だちに過ぎない。
ラエティティアにはメールマガジンがある。不定期だがメンバーの作品や評などを読める。サイトのアドレスは下記の通り。
http://www.ne.jp/asahi/tanka/naoq/framepage1.htm

人数が多かったのでぞろぞろ話しながら歩いていた。先頭の方に追いつくとえんじゅさんがみんなが付いてくるのかどうか気にしている。
「はいはい、渡って渡って!」
と道路の向こうのひとたちに呼びかけたりした。幼稚園の先生みたいですね、とくすくす笑うと、
「ほんとにねえ」
と溜息をついた。でもけっこうそういうのが嫌そうには見えない。

二次会は「笑笑」という居酒屋だった。ここでうっかり知らない男性陣の席に入ってしまった。わたしの前がハンチングをかぶった出演者の江田浩司さん、その隣が詩人の田中庸介さん、その隣に穂村弘さん。田中さんもごーふるの住人である。わたしの隣は顔を隠して読んだ山田消児さん、その隣は加藤英彦さん。ほかの五人は知り合いらしい。先に自己紹介すればよかったのだけど、よくわからないからみんなの話を聞いていた。
そのうちに全体で自己紹介と感想を一言ずつ言うことになった。えんじゅさんが簡単に各人を紹介する。わたしが、
「ごーふるに出入りしているぱぐです」
というと、穂村さんや田中さんがああ、という顔をした。別の席でうなずく顔も見えた。すこし安心する。
「短歌の朗読を聴いたのは二回目で、昨年国立西洋美術館のイベントに行きました。今日はいろいろな朗読が楽しめてよかったです」
こんな感じの感想を言ったと思う。
それでやっと同じ席のひとと話し始めたのだが、みんながどういうところで歌を作っているのかよくわからない。江田さんは新潟で俳句を作っていた、という。
そうそう、ぱぐというのが本名だと思われたのがおかしかった。パグ犬が好きなのでそういう名前を付けたんです、と言ったら加藤さんが
「あ、それうちの奥さんが好きな犬!」
と言った。定期入れの中にパグ犬の写真付きメトロカードを入れてあるので、それを見せたら山田さんもやっとわかったらしい。

こういう場に来るということは歌を作っていて当然と思われるのだろうか。ならびに座った山田さんと加藤さんに聞かれたので、
「ネットで誘われてちょっと作っただけです」
と答えた。俵万智さんのファンであることや、新聞の歌壇や俳壇の投稿作品はおもしろくないと思うことなどを話した。
「うーん。ふつうのひとはああいうのを短歌だと思っちゃうかもしれませんね」
とお二人のどちらかが言った。
「ぱぐさんはどういうものを書いてるんですか?」
「文章を書くのが好きなので、HPにもそういうのを載せています」
加藤さんが名刺をくださった。ご住所が多摩の方だったので、母校の話やわたしが中学高校のクラブでやっていた卓球の話になった。今考えると妙な方に行ってしまったと思うが、お二人はわたしにつきあってくださったらしい。加藤さんも卓球をやっていたことがあるという。ちょうど大阪で世界卓球選手権が開かれていたので、その話をするとご存じないという。1ゲーム21点制で5本ごとにサービス交代のルールが、今度11点制2本交代になるらしいですよ、というと驚いていた。
「なんかそのまま続けちゃいそうですよね(笑)」

向かい側では田中庸介さんが穂村弘さん、江田浩司さんを相手に荻原裕幸さんの歌の特徴を論じていた。議論は苦手な上に荻原さんの歌をそれほど知っているわけではないので聞いてもよくわからない。しかし穂村さんが議論する力があるみたいなので意外なところ(?)を発見したような気がした。掲示板でしか知らないが作る方に専念しているのかと思ったので。

途中でトイレに立った。一番奥の席に座ったので出入りが自由にできない。まだ議論が続いているようだったので、斜め前の女性陣ばかりの席におじゃましてみた。立ち話である。にしきみさんが大学の二年下であることは前にも書いたが会場では忙しそうだったのであんまり話ができなかった。
「ごーふるで大学のひとに逢うとは思わなかったよー」
「そうですよね」
彼女は日本史、わたしは国語国文学(いまは日本語日本文学に名称変更)が専攻だから取った講義とかが重なっている可能性がある。卒論の指導教官を聞いたらわたしが卒業してから来たひとだという。西行なんかの研究で有名なM先生はもちろん知っているという。隣のひとに説明する。
「原稿みたいなものをひたすら読み上げるんだよね、おもしろい講義でしょう」
「あれは本にする元の部分なんですよ」
「そうか、それでちゃんとした形になってたんだ。あれはちゃんとノートを取って綴じてあるよ」
わたしが取ったのは「後鳥羽院とその時代」という講義で、なにほんとは半分さぼっていたのだが(笑)、試験前に誰かのノートを借りたときに写しておいたのだ。
「ご自分で短歌も作ってませんでしたっけ?」
「いいえ、俳句です」
「ああ、そうだっけ。大岡信さんの”折々のうた”に載ったことがあるので」
訂正をきっちり入れるところが校正の仕事をやっているひとらしいと思った。

そのうちデザートが運ばれてきた。聞くと自分たちで頼んだものだという。それぞれ違うものを頼んでいたので一口もらったり、自分でもプリンを頼んで食べたりした。ごーふる・たうんでは「べーぐるの会」というのがあって「べーぐる!」が合い言葉らしかったが、今日は誰かが買ってきてみんなで食べていたらしい(ベーグルというのはパンの一種)。
そこに譜面台を提供し、途中までマイクの調整など裏方で活躍した村井康司さんが現れた。サーモンピンクのポロシャツを着て軽快なスタイルである。にしきみさんだったかがベーグルの袋を取り出し、
「どうですか、村井さん?」
と言うと、
「うん、じゃあもらうよ」
と一個受け取った。女子校のノリが強い席で、まぶしそうな顔をしていたのが印象に残った。

二次会が終わった。そういえば知り合いのひとりである巻耳さんとはあまり話さなかった。ここを出る前にちょっと話したくらい。
会場を出たところでまた固まっている。藤原龍一郎さんにご挨拶しようと会場にいるときから近くをうろうろしていたのだが、スタッフの重鎮でもあり出演者が自分の朗読の感想を聞きに来たりしてなかなか手が空かなかった。そのうちに藤原さんの方から挨拶してくださったのでようやくお話ができた。と言ってもわたしの目的は短歌のことではないのだから笑える。高校時代の同級生Mさんが藤原さんの勤め先に先ごろまでいたことがわかり、メールで尋ねたら前に直属の上司だったという。Mさんも驚いていたがわたしだってびっくりした。話してもいいかと聞いたらいいということだったので、こういう時だからと思って友だちの話をした。卒業以来逢ってないと思うのでもう十数年経つ。しかし藤原さんの話に出てくるMさんはいかにも彼女らしく、ばりばりいろんな企画を立てたりして活躍していたという。藤原さんは書き込みでもていねいで落ち着いた感じの方だと思ったがやはりそうだった。

そのうちまおさんの近くに来ていた。ネットの友だちが各地にいるのだけど、みんなおいでよーというから九州も行きたいし、釧路も行きたいねと言うと、
「そうだねえ、旅に出たいなぁ」
と両手を広げた。
三次会に行くらしい。わたしはまだありすさんとの約束を果たしていない。今度は同じ席になろう。銀座の方に向かってまたぞろぞろ歩く。どうも人数はあまり減っていないらしい。まわりにいるのは女性ばかり。まおさんはありすさんのエプロンドレスのスカートをそおっとめくったりしている。まったくやんちゃなんだから。女性陣にもてる(?)ことはごーふるのポストや本人の掲示板などで知っていたが、みんなが寄ってきて話したがるのがよくわかった。

三次会でもまだおおぜいいる。ビヤホールのライオンに行くという話だったが結局いわし料理とかの居酒屋になった。ここでようやく念願のものを取り出すために、のばらありすさん、まおさん、きょうこくじらさんと窓際のいちばんはじの席に座った。まおさんに手伝ってもらってありすさんと三人で並べる。英国製のミニチュア人形なのだ。高さは5cmくらい。「不思議の国のアリス」シリーズの登場人物とマザー・グースHEY DIDDLE DIDDLEのもの。最初はアリスのシリーズをAsahi-netで英米文学の会議室をやっていたとき、日本橋三越の英国展で見つけて買った。行ったことはないが、新宿小田急に常時販売しているコーナーがあるという。すべて手作りで一体が5000円くらい。いまわたしの財産と言ったら車とこのミニチュアくらいだろうか(笑)。サイトがあるので興味のある方は見てください↓
http://www.hantelminiatures.com/index.html

ごーふるでまおさん(そちらではいぢわるこぶら)と話していたら、ありすさんが英国好きでミニチュアなんか喜ぶんじゃないかということだったので、朗読会に持っていって見せようと思った。わたしはぬいぐるみで遊んだ方だから(今も同じか(笑))ミニチュアで遊ぶことはない。こういうときは生来のずぼらが顔を出して、いつもは箱に入れっぱなしである。ありすさんはこれを楽しみにしていたという。なにしろ名前が「ありす」だし英国に行って作者ルイス・キャロルが数学の先生をしていたオックスフォード大学を見てきたというひとである。ミニチュアがほんとによくできていて、ジョン・テニエルの挿絵をうまく立体化しているのがうれしそうだった。今日はアリスの格好だったのだが靴下だけ縞模様のをやめたという。マザー・グースの方の猫とかの足の裏が精密に描かれているのも気に入りだという。Asahi-netのオフにも持っていって見せたことがあるがこんなに喜んでくれたひとはいなかった。
ネットの知人であるやじさんにお願いして撮ってもらった写真も見せる。カメラが趣味でいろいろ撮っているひとだがミニチュアのために接写レンズとかハトロン紙みたいな紙とかいろいろ道具持参で構図も考えて撮っていた。ありすさんはデジカメを持ってきて撮っていたが、よかったらその写真を焼き増ししてあげると言うとまた喜んだ。やじさんのサイトは下記の通り。
http://www.ne.jp/asahi/photo/yag/?

この席はいろんなものを見せる会だったらしくて(笑)、きょうこくじらさんとありすさんも写真を持ってきていた。きょうこくじらさんのは自分の写真。学生時代から勤めてからのとか。かねてより噂の(?)柴犬のゆうたくんのもある。表情がいい。わたしはこうして筆名にも犬の名前を付けるほど犬好きなのだが、飼ったことは一度もない。実家はずっと集合住宅で鳴き声のするものは御法度だったし、今の家は一軒家だが庭と呼べる部分が少なくて犬には気の毒だ。パソコンやトトロの楽器のケーブルがやたらと多いしわたしの本も床にあふれかえっている。座敷犬や座敷猫はいない方が双方のためだろう。近所では「犬銀座」とカメラ屋のおばさんが言うくらい散歩している犬に逢うけれど。

ありすさんの写真では「心の花」のものを覚えている。佐佐木幸綱さんの主催の短歌結社で早稲田の教え子でもある俵万智さんはここに属している。ありすさんはここの会員。現代短歌はよく知らないが大岡信さんの「折々のうた」(朝日新聞朝刊連載、いまは休載中、単行本は岩波新書)は連載当初から愛読しているから、ここでずいぶんいろんな詩歌を知った。「心の花」は幸綱さんのおじいさんに当たる信綱が明治31(1898)年に創刊しているからすでに百年以上の歴史がある。わたしはどっちかというと斎藤茂吉に代表される「アララギ」系のきまじめな歌は苦手で「心の花」とか与謝野晶子とかの「明星」の方が好き。母校の恩師も与謝野晶子が好きだったらしく熱心に解説してくれたのを覚えている。

俵さんの『あなたと読む恋の歌百首』(朝日新聞社)で知って好きな歌人が久松洋一さんである。何で知ったか忘れたが久松潜一という古典学者の親戚のはず。このひとが「心の花」なのでありすさんに聞いたら知っているという。ずっと『ビジネス・ダイアリー』という歌集を捜しているのでその話をしたら、取り次いでくれて入手できることになった。ありすさんに感謝。一首だけ紹介しておこう。

 林檎から始まる君の尻取りに
 我は今宵もゴリラで返す    久松洋一

まおさんには一時期しょっちゅう逢っていたが今回は一年ぶりくらいだったろうか。Asahi-netの方に顔を出さなくなってから連絡することも稀になり、ときどきトトロが、
「最近はまおさんとはどうしてるの?」
と聞くほどだった。電脳日記を書いているのはずっと知らなくてたまたま誰かの掲示板に書き込んだときのアドレスで知った次第。最初はひとりでこっそり書いていたらしい。書き込みの量がはんぱじゃないのはパソコン通信を始めたところを目撃しているから知っているけれど、日記はどうやって書いているのか質問すると直しなんかしないという。そりゃプロだから自在に書けるのは当たり前だろうけど、ふつうそんなにさらさらとは行かないよ?一度キーボードを叩いているところを目撃してみたい。一心不乱に画面をにらんでいるのだろうか。

ミニチュアも見せたし話をするつもりのひととは一応済んだので、帰ることにした。しまうのにも席のひとたちを動員する。ひとつずつ薄紙に包むから手間がかかる。焼き物ではなくてブロンズだったかな?けっこう丈夫なものなので、扱いをていねいにすれば持ち運びも可能。

締めにうちわの抽選会があった。5つあってじゃんけんで勝ち残り、わたしは幸運なことに穂村さんのが当たった。
フィットネスクラブの宣伝用のものだ。黄色地にヒップアップ用の白いパンツの写真。そのパンツの上に次のことば(縦書き)。

           2001 4/28
 ハロー、夜。
 ハロー静かな霜柱。
 ハローカップヌードルの海老たち。
             穂村弘
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