散文の寄せ集め 「おみくじを引く前に」(2000.8.26掲載、1999)
「おみくじを引く前に」 |
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信心深いわけではない。ひととの出逢いが一番大切だと思っているからそれを神様に感謝したことはあるが、ふだんは忘れている。 そんな瞳がなぜか、毎年の初詣にはおみくじを引く。同行する直人は神社も寺も同じようなものだと思っているからおつきあいするだけだが、瞳のこの行動は毎年の決まりになっていた。これをしないと初詣をした気にならないというのである。 それは、あと1年で世紀が変わるという年の正月だった。 瞳と直人がテレビの「紅白」「行く年来る年」を見てから、初詣に行くことにしている神社は決まっている。歩いて20分ばかりのところにある小さな地元の神社である。最近はすこし並ぶようになったが、それでもお参りするのは地元のひとばかりだから、たかがしれている。 「さすがに寒いわね。でも星がきれい」 「うん。ならんでいる間に、こうやってじっくり星を眺めるのも悪くないな。北斗七星ってわかるかい?」 「ひしゃく型してるんでしょ。北極星がついてるんだから、北の空よね。 …あ、あれかな」 「うん。ほんとにひしゃく型だろう。北はあっちっていうことだな」 「ねえ、今度の7月は”恐怖の大王が降ってくる”とかっていうんでしょ。『ノストラダムスの大予言』を読んだのっていつごろ?」 「ちょうど中学のときだな。クラスのみんなでまわし読みしたよ。 五島勉は文章に迫力があったから、あれだけ読まれたんだろうね。ほかのひとじゃ説得力なかったんじゃないかな。 あれから20年くらい経ったのか。あのころはうんと先のことのような気がしてたんだけど、あっという間に来ちゃったなぁ」 「”恐怖の大王”って何のことだと思う?空から降って来るんだとしたら、けっこう限られるわよね」 「そうだなぁ。ミサイルとか、核兵器とか、巨大な隕石?」 「ちょうど世紀末だし、コンピューターの2000年問題なんていうのも出てきたから、誰も予想もしなかったようなものっていうこともありそう」 「そういえば、来年の正月は会社に泊まり込みかもしれないよ。年末の25日から正月の5日くらいまで。 来年の正月は外に出ない方がいいかもしれないな。電車とか銀行は何があるかわからないからね。お金は早めに下ろしておいて、食料は買い込んでおくといいよ。 初詣もやめといたほうがいい。きみの恒例のおみくじも1年中止だね」 「あら、そんなに危険なの?まあ、あなたがいないんじゃ、初詣に行ってもしかたがないしね。 それじゃ、今年は来年の分もっていうつもりでおみくじを引くことにするわ」 ちょうどそのとき、二人のお参りの番が来た。 直人は瞳のおつきあいのつもりだから、いちおう手を合わせたものの、それだけである。 瞳は直人の分と合わせて5円玉を2つ、賽銭箱に入れた。「ご縁がありますように」ということなのである。 (無事に21世紀が迎えられますように) 社務所におみくじの箱が置かれている。この神社、ふだんは社務所に人影がないのだが正月はアルバイトの巫女さんなどを雇って、それなりに人数を置いている。 瞳はおみくじの箱を振って、一本を選び出した。 「えっと。”七番”です」 「はい、”七番”ですね。少々お待ちください」 社務所の若い巫女さんが後ろの棚におみくじ札を取りに行った。 「ねえ、7ってラッキー7よね」 「でも”7の月”のことかもしれないよ」 「やあね、縁起でもないこと言わないで」 巫女さんが戻ってきて札を渡してくれた。 「どれどれ、僕の予言が当たっているかどうか見てみよう」 そこには、次のように書かれていた。 「末吉 何事も用心して掛かるべし」 |
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