<百物語・百の十七>1999.1.8掲載


注)Asahi-netパソコン通信会議室「創作のステージ/フィクション」に「百物語」の一つとして載せたものです。「百物語」というのは、江戸時代にはやった怪談会の一形式で、夜に人々が集まり、周囲を青い紙で張った行灯(あんどん)に火を入れ、恐ろしい話を交代で語りながら、一話語るごとに灯心(行灯の芯)を一本ずつ消して行きます。ここでは蝋燭の火を消していくやり方で統一しました。

 


「僕も少しお話ししていいですか?」
十歳くらいの男の子が、車座に座っていたひとびとの後ろから立ち上がって話し始めた。


僕は、ちっちゃいときからこわい夢をよく見るんです。
目が覚めるとなんの夢だったか忘れていることが多いんですが、あんまりこわくて夢の中で泣いていたら、僕の泣き声を聞きつけたお母さんが僕と弟の部屋にやってきて、そっと抱きしめてくれたこともあります。
あ、僕と弟は3畳の部屋で2段ベッドに寝ています。弟が上、僕が下です。
このあいだ、また一段とこわい夢を見たんです。
それはね、僕たちの部屋の天井がゆっくりゆっくり落ちてきて、弟が天井とベッドにはさまれるんです。
それから、弟が寝ている上の段がそのまま僕の上にゆっくりゆっくり落ちてくるんです。
落ちてくるのはわかってるんですけど、弟も僕も動けないの。
声が出せないから、お父さんやお母さんに助けを求めることもできないんだ。そういうのを金縛りっていうんですか?
サンドイッチみたいに、天井とベッドにはさまれるんですよ。
完全にぺしゃんこにはならないで、寝ている僕の体の分ぎりぎりまでに落ちてきて、抜け出すことはできないんです。
そして、いつまでもそのままでいなくちゃいけないことになっているんです。
なんだか、とってもリアルでこわいんだ。


そう言って、男の子はブルッとふるえた。


そのときだった。
「おい、天井が変だぞ」
ひとびとが上を見上げると、天井がゆっくりゆっくり落ちてくるのが見えた。
凍りついたようになったひとびとは、誰も動けない。
ゆっくり。ゆっくり。ゆっくり。落ちてくる。


大人の背より高い燭台に置いてあった蝋燭が、落ちてきた天井に触れて、火がゆっくりと、消えた。



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