散文の寄せ集め エルキュール・ポアロの好物(2000.8.26掲載、執筆は1997)


「エルキュール・ポアロの好物」
アガサ・クリスティが生み出したベルギー人の探偵、エルキュール・ポアロの好物はチョコレートである。と言っても板状ではなくて、飲み物だ。

1966年に上梓された、クリスティ72冊目の推理小説『第三の女』の冒頭に、ポアロが朝食の席で、チョコレートをすする場面が登場する。

エルキュール・ポアロは朝食の座についていた。右手には湯気のたつチョコレートの茶碗をもっている。彼は根っからの甘党であった。チョコレートに添えられたのはブリオッシュである。チョコレートによくあう。彼は満足そうにうなずいた。これまで何軒かの店を買い歩いたがこれは四軒目の店で求めたものである。デンマーク人の経営する菓子屋(パティスリ)だが、近所のフランス菓子店と称する店の品物とは雲泥の差であった。あれは詐欺同然の品だ。
   『第三の女』小尾芙佐・訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ

筆者はこの部分を読んで、無性にチョコレートが飲みたくなった。

英国人(クリスティは英国のひとである)が来客に勧める飲み物は、お茶、ウィスキー・ソーダまたはシェリー酒が定番らしい。
しかし甘党を自認するポアロは、クレーム・ド・マント(薄荷味のどろっとした緑色のリキュール)、赤すぐりや黒すぐりのシロップなどという、甘ったるいものを来客に勧めて、英国人の眉をひそめさせるのだ。
ポアロが好むのは、フランス語でいうティザン(薬湯、ハーブティー)、先ほど挙げたシロップ類、そしてチョコレートである。
作者は、気取った自信満々の態度、大げさな身振り手振りなどで、英国人に対する外国人としてのポアロ(ベルギー人)を強調しているが、飲み物に関する好みにおいても、ポアロは英国人とは相容れない、よそ者として描かれている。


チョコレートを飲みたくなったあなたに、おいしい作り方を伝授しよう。

砂糖と粉乳があらかじめ混ぜてあるカカオの粉に熱湯を注ぐのが、一番簡単な方法だが、いかんせんコクがない。牛乳を注いで電子レンジで暖めると多少ましになるが。
練ってあるチョコレート(アイスクリームにかけるとすこぶる美味!)に牛乳を少しずつ混ぜるのもいけるが、ご存じだろうか。口当たりはなめらかでよいが、甘さの加減ができないのがちょっと残念。
本格的な方法は、鍋に入れたカカオの粉に砂糖を混ぜ、少量の牛乳でよく練ってから、鍋をとろ火にかけ、残りの牛乳を少しずつ足しながら、よくかき混ぜ、沸騰直前で火を止める、というものだ。よく混ぜないとダマができるので注意。

手間はかかるが、最後の方法がやはりおすすめだ。

ポアロが朝食で飲んだチョコレートも、この方法で入れられたものではないか。
彼のカップには、「ぶつぶつと泡立つ生クリーム」も浮かんでいるようだ。

冬の寒い日、寝る前にあつあつのチョコレートを一杯、すると体が温まって、よく眠れるはずだ。ぜひお試しあれ。


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