2013/12/1 日曜日

小林誠さん・益川敏英さんの講演会@多摩六都科学館(3)

Filed under: 美術館・博物館・アート,日記 — ぱぐ @ 22:31:47

二人目の講演者は1981年生まれとお若い中山浩幸氏(KEK Belle-Ⅱグループ助教)。

KEKで加速器を使って実証実験をしている人です。
KEK加速器を使ってBelle実験で小林・益川理論が実証されたのは大成功だが、まだまだ解明できない宇宙の謎がある。
(ぱぐ注:論文執筆は1973年。KEKのBファクトリー建設開始が1994年、実験開始は1999年、実験成功は2004年)
素粒子物理学はミクロの世界の成り立ちを考えるものでもあるが、宇宙の成り立ちを考える時にも関わってくる幅の広い学問である。
素粒子物理学には、理論と実験の分野があり、実験の分野は粒子を飛ばす加速器を作るグループと、衝突した粒子を観測するグループとがある。中山氏は観測するグループ。

実験には誤差がつきものですが、誤差を減らしてできるだけ精確に測定することが必要。
新しい理論の発見に必要なのは、新しい理論と現在の理論のずれがどうして起きるのか、と考えること。

で、小林・益川理論の実証に作られた装置の40倍の精度の加速器が2014年に完成予定。これは世界一のものを目指している。
実験内容は電子と陽電子を衝突させて中間子を発生させることだが、女子集団と男子集団を衝突させると恋が発生するという例がわかりやすい(会場でもよくわかったという雰囲気になりました(笑)。

40倍の精度のものを作るのにどういう工夫をしているか、4択クイズが出ました。
1.粒子の数を増やす  2.ビームのエネルギーを高くする  3.ビームを細く絞って衝突させる  4.衝突しなかったビームを再利用する。

正解は3。KEKBより20倍細いビームを使うとのこと。
1は2倍が限界、2はエネルギーを変えられない、4リング状の施設だとチャンスがあるが、直線型では一発勝負。いずれにしてもあまり衝突しないので確率が低い。ということで×。

ビームの細さは60ナノメートル、髪の毛の1000分の1の太さ(!)。
7種類の粒子を測定するので、7つの検出器が付いている。

世界中の研究者たちが集結して装置を作っている。21カ国500名。2016年実験開始の予定。
いろいろな国の人が一緒にやると、目から鱗が落ちるようなことがたくさんあって面白い。
(ぱぐ注:欧州のCERNも各国の人が集まって研究しています。日本の研究者も参加)

小林誠さん・益川敏英さんの講演会@多摩六都科学館(2)

昨日は一応メモをレポート用紙に書き殴ったのですが、なにぶん理数系に弱く、科学系の学者の講演を聴くのは初めてのことでもあるので、内容については簡単に触れることにします。
NHKの水野解説委員の講演を聴いた時も、あとでまとめるのがたいへんでした(ツイまとめにしております。関心のある方はどうぞ。ツイッターをやってなくても読めます→http://togetter.com/li/326210 いま確認したら2500view超えてる!何か責任重大ですねえ)。

講演会のお題は「宇宙の謎に挑む素粒子物理学―どうして現在の宇宙は生まれたか―」。
小林さん・益川さんは素粒子物理学の理論が専攻ですが、そういう仮説の実証実験を行うのがKEK(ケック。高エネルギー加速器研究機構、つくば市)のような実験施設。
今年ヒッグス粒子の提唱者がノーベル物理学賞を受賞しましたが、あの実証実験を行ったのは、CERN(セルン。欧州原子核研究機構、スイスジュネーブ郊外)。

高柳館長は最初の挨拶の中で、KEKができる前に、現在の西東京市、かつての田無市に東京大学原子核研究所があったことを披露(1955-1997)。現在も農学部の農場がありますが、その北側、現在は西東京いこいの森公園になっています。多摩六都科学館からは東に1キロほどのところ。詳しいことはKEKの「日本の原子核素粒子研究の礎」をご覧ください。

原子核研究所は研究者たちが共同研究する大学共同利用研究機関というものなんですが、その後継機関がKEKであるとのこと。
今回は多摩六都科学館で行われる第一回目の講演会。今後も素粒子物理に関する講演会を続けていきたいということでした。宇宙のはじめは素粒子で、それが現在の多様な生物が共存するところまでに至ったのだという、科学館らしい壮大なお話です。

最初の講演者は小林さん。ノーベル物理学賞を受賞した「CP対称性の破れ」という理論(論文は小林・益川両氏の共同執筆)がどこからどう出てきたのかその経緯と、理論の内容説明がありました。いかにも学者らしい冷静沈着な話し方でした。

あ、わたしは会場となったプラネタリウムではなく、中継会場のホールで観ていました(講演会の様子はUSTでも中継)。

小林誠さん・益川敏英さんの講演会@多摩六都科学館(1)

昨日、西東京市の多摩六都科学館で行われた講演会に行ってきた。

ご存じの方も多いと思うけれど、お二人は2008年のノーベル物理学賞を南部陽一郎氏と共に受けられた。
現在はなかなか顔を合わせることが少ないそうで、昨日は3年ぶりの再会だったという。

多摩六都科学館は小平・東村山・清瀬・東久留米・西東京という東京多摩北部の五市が共同で運営している科学博物館である。田無市と保谷市が合併して西東京市となり現在は5つの市の共同運営。
昨年リニューアルされたプラネタリウムは「最も先進的なプラネタリウム」としてギネスブックに認定された。生解説が毎日聴けるのが自慢なので、星とか宇宙に関心のある方は是非どうぞ。

今回は小林・益川ノーベル賞受賞5周年、多摩六都科学館創立20周年ということで企画されたもの。
2004年から館長を務める高柳雄一氏は、元NHKの解説委員で、科学系の番組の制作に携わった。現在もラジオ第一の夏休み子ども科学電話相談の回答者を務めている(担当は科学一般)。

ついでに書くと、この夏休み科学電話相談は今年で30周年。残念ながらわたしは質問する年齢をオーバーしてから聴くようになったのだが、中学生までの子どもの質問に専門家がいかにわかりやすく答えるか、というのは仕事の上で参考になるし、大人の科学の勉強にもなります(笑)。

2013/11/14 木曜日

風通しの良い言葉の使い方のために―丸谷才一さんのこと

下記のブログ記事は、文章として書き上がらないまま下書きのファイルに放り込んでいたのですが、1年経って全集が刊行開始(文藝春秋)されたことですし、これから丸谷才一を読む人の何か参考になるかもと思って、さらすことにします。メモのままで申し訳ありません。
なお、全集刊行開始を期に新しいツイッターまとめ「丸谷才一全集(文藝春秋、全12巻)刊行開始に際して考えたこと」)を作りましたので、そちらも合わせてどうぞ。随時更新中です。
ツイッターもこのブログに設置したいのですが、家人に頼まないとできないので、もうしばらくお待ちください。(2013.11.14記)

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先週土曜日、13日の早朝に作家の丸谷才一さんが亡くなった。享年87歳。

その知らせを聞いて、わたしが思ったことなどは、ツイッターで書いてあとでまとめた「作家・丸谷才一氏逝去報を受けて(平成24年=2012年10月13日)」ので、そちらを見ていただきたいのですが、ブログでは、文章としてまとめて書いてみようと思います。
(ツイッターのまとめは、ご自分がやってなくても読めます)

小説を書くための勉強をしようと思って英文科に進んだこと。
仕掛けのある小説
文明から見た文学評論
ジェイムス・ジョイスなどの翻訳を通じて、小説の書き方を学んだ。
若いころに取り寄せて読んだ英国の書評に感心して、日本での書評文化に貢献したこと(主に週刊朝日と毎日新聞)
ジャーナリズムについての合評会を雑誌「東京人」に連載したこと。
新古今和歌集から日本の古典を読み始めたこと。
万葉集よりも、古今和歌集から続く勅撰和歌集を、編集という面からも、日本の詩歌の最高峰としても再評価したこと。
『新々百人一首』(新潮社)に勅撰和歌集からの粋を集め、歌の読みについて文章の芸を尽くして書いたこと。
連歌への興味。最後は詩人(大岡信=まこと)、歌人(岡野弘彦)、小説家(丸谷才一)という3人で編んでいた。
エッセイの名手
挨拶についての本を、自身のスピーチ集という形で3冊の本にまとめたこと。

わたしが中学高校だった30年くらい前は、小林秀雄が「日本に批評を切り開いた第一人者」としての声望が高かった。父の本棚に『考へるヒント』という本があったので読んでみたけれど、自分の頭で考えるためのヒントにはなりにくかった。小林秀雄の批評は、何かをダシにして自分の言いたいことを書き付ける、という感じのもので、よく試験問題にも出た気がするけれど、元の文章がよくない上に、小林秀雄かぶれ(?)みたいな元文学青年・少女が問題を作ると、何が書いてあるのか、更にわかりにくくなるのであった。

丸谷才一などは、そのあとに出てきた世代なので、きっとああいう風通しの悪い文章への反発があったのだろう。
いろんなことを手掛けたけれど、その底には「風通しの良い言葉の使い方」を、読者への敬意を持って心掛けていたような気がする。
(2012.10月記す)
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2013/10/31 木曜日

神保町古本まつりで買った本と口腹の楽しみ

ご無沙汰しております。
1年振りのブログ更新です。
丸谷才一さんが昨年10月に亡くなった時に文章を書いたのが下書きのまま保存してありました。

本日神保町古本まつりに行ってきましたので、買った本と飲み食いしたものについて。
お茶の水方面から神保町の交差点に向かって歩くのが、わたしのいつものコースです。

文庫川村。
  塩野七生『わが友マキアヴェッリ』(中公文庫、1992)
   同じ著者の『ローマ人の物語』は通して読んだはずですが、手元の文庫本はまだそろってない。
  石川淳『文學大概』(中公文庫、1976)
   文章について書かれているので購入。たぶん一度図書館で借りている。

三茶書房と、三省堂古書館(いろんな古本屋が自分のところの棚を持っています)はじっくり眺めましたが購入はなし。
でもこんな本があるんだ、というのもいいのです。

三省堂書店地下の放心亭がいつも気になっていたのだが、遂に入る。
ドイツ料理の店、ジャーマンセルフサンドは黒い食パンにタルタルソースが挟んである。ピクルス・スライス玉葱などの付け合わせ。うまい。あとランチビール(相変わらず量は呑めませんが、グラスならビールも可)。

八木書店。
 川村湊『狼疾正伝 中島敦の文学と生涯』(ろうしつしょうでん、河出書房新社、2009)
  中島敦生誕100年だった2009年は関連本がいくつか出たのですが、その一つ。
  前に図書館で借りたけど、もう一度読みたくて。ほんとうは全集もほしい。
 八木書店は一階が近現代、二階が古典の日本文学の専門古書店で、古典関係は出版もしています。
 かつて国文科の古典専攻だったので、神保町に行く時は必ず寄る。

このあとの記憶はいまいち。
村山書店は講談社学術文庫がそろっているのでチェックすることにしていますが、小西甚一の『中世の文藝』はなかった。同文庫の大岡信『詩歌ことはじめ』を購入。

小宮山書店。
 柳沼重剛『語学者の散歩道』(岩波現代文庫、2008)
  著者は西洋古典学者。
  学者が書いた一般向けのエッセイが好きで、ぱらぱらっと読んで文章が好きな感じだったら読みます。

 河野純一『ハプスブルク三都物語』(中公新書、2009)
  ハプスブルクとモーツァルトに関係のある本はけっこう読んでます。
  建築物いろいろとモーツァルト・シュトラウスなどについて書いてあってカラー口絵付き、楽しめそう。

 内田樹『街場のメディア論』(光文社新書、2010)
  内田さんの書くものはブログ・ツイッター、本もいろいろ読んでますが、たくさんあるのでなかなか追いつけない。
  わたしは中学生のころからおぢさん的思考が強いと思うのですが、メインの流れは司馬遼太郎→丸谷才一→内田樹です。
  最寄りの駅に着くまでに読み終わった。

あともう一冊、中野好夫『伝記文学の面白さ』(岩波書店同時代ライブラリー、1995)はどこで買ったのかな?
中野さんの『蘆花徳富健次郎』(筑摩書房、1972-74)はだいぶ前にこの古本市でまとめ買いしましたが、そのまま積読だ。

小宮山書店のあたりでくたびれてしまい、近くの伯剌西爾(ぶらじる)という珈琲店に入りました。お店特製コーヒーゼリーが量がたっぷりで美味♪

北沢ビル1階の児童書専門BOOKHOUSE。
 「ぐりとぐらカレンダー2014」(福音館書店)
  子どもの時から大好きな絵本の一つ。いろんなグッズがありますね。
 安野光雅『旅の絵本Ⅷ』(福音館書店、2013)
  待望の日本編。英国好きなのでⅢは手元にあります。

一誠堂書店で
小西甚一の『日本文藝史』(講談社、別巻は笠間書院)はありますか?」
と訊いたら、八木書店、日本書房、西秋書店という日本文学専門のところか、案内所で検索をしてみるように勧められる。大部だし相当な良いお値段だと思っていつも気になりながら店頭にあるかないかを気にしているのですが、検索を掛けたら全部そろいで48,000円(西秋)、68000円(日本)と到底いまのわたしでは手の出せない金額だったので、メモだけしてのぞきにも行きませんでした……(泣)。

最後に東京堂書店に寄り、『丸谷才一全集』(文藝春秋、全十二巻)の第一回配本第五巻<小説「女ざかり」ほか>を確認しました。丸谷さんの本、刊行されたものはほとんど読んでいるはずですが、『日本文藝史』の前にこちらが優先ですね。その分節約しないと……!
先日、全集刊行記念講演が神奈川近代文学館であったのですが、台風来襲の日だったし他の用事を優先してあきらめたのでした。どこかでまとめて講演の内容が読めるといいな。

2012/9/26 水曜日

ラグビーのチャリティマッチ@秩父宮(2)

Filed under: ラグビー,テレビ,日記 — ぱぐ @ 15:32:19

朝からの大雨で中止になっちゃうのかなと思いましたが、20分ハーフの試合(普段は40分ハーフ)、やってくれました!

朝からの大雨の中、整列した両チームの選手を観るだけで、うるっと来そうになる。

震災復興チャリティということで平野復興大臣が最初に挨拶したんですが、長いよ、話が。
選手たちはびしょびしょなんだから、こういう時はさっと話を切り上げるのが粋ってもんでしょう。

選手の平均年齢の差(釜石は還暦近い)や、最近まで現役をやっていた選手が多い神戸製鋼が圧倒的に優位。
わたしのまわりの観客は釜石ファンが多くて悲鳴が上がりましたが、ロスタイムになんとか1トライを挙げて、格好が付きました。結果は新日鐵釜石OB4-30神戸製鋼OB。
平尾の華麗なステップをちょっとだけでも観られたので大満足です。
ちなみにレフェリーも当時の方々、ルールも当時のルールでした。

観客数は2525人。大雨だったので屋根下で観たお客さんばかりでしたが、根っからラグビーが好きな人が集まったんでしょうねえ。釜石も神戸製鋼もそれぞれ応援の声援がすごかったです。わたしもつい「かまいしー!とにかく1トライ取ろうよ!」と後半ヤジを飛ばしていました(^^;)。

そのあと、現在の釜石のチーム対横河武蔵野の試合も観て(釜石が勝ちましたが、最後の詰めが甘かった。もっとトライ取れたはず)、仕事再開の前日に大声出して楽しんだ一日となりました。

そうそう、試合後に、チャリティマッチに出場した選手たちが会場の外のところで募金活動をしました。わたしは神戸製鋼OBの大八木さんにサインをいただきました。手が大きかったです。
TBSが大八木さんを撮していましたが、あれはサンデーモーニング(日曜朝8時~)のスポーツコーナーに大八木さんが出ているので、その時のためではないかと思いました。

NHKも取材来たんじゃないかと思いますが(去年の釜石の開幕戦には小宮山アナが来ていました)、わたしの知る限りでは放送していないようです。どこかでやってくれると良いんですが。

サーバの関係で写真が載せられないので、画像を観たい方は、産経ニュースが写真付きで詳しく報じていますので、そちらをご覧ください

ラグビーのチャリティマッチ@秩父宮(1)

Filed under: ラグビー,日記 — ぱぐ @ 15:32:06

23日は仕事再開の前日で、どうしようかだいぶ迷ったのだけど、秩父宮ラグビー場で観戦した。
お目当ては、かつて日本選手権で7連覇、そして震災に遭った地元のチーム同士の試合。

新日鐵釜石OBvs神戸製鋼OB 東日本大震災復興支援「V7戦士 チャリティマッチ」

友だち夫妻に現在のクラブチームの釜石シーウェイブスファンがいる。
チャリティマッチは釜石vs横河武蔵野(よこがわ・むさしの。横河電機のチーム)の前哨戦だった。
ラグビーの社会人はトップリーグが一番上で、釜石などは現在その下のトップイーストというリーグに入っている。
連絡すると「もちろん行くよ」ということだったので、チケットと席取りをお願いしたのであった。

昔、ラグビーに熱中したことがある方なら、松尾雄治を中心とする「北の鉄人」たちが、グラウンドを走り回っていたのを覚えているだろう。わたしがラグビーを見始めたのは高校生になってからで、同級生に明治大学の藤田剛選手の熱烈なファンがいて、毎日のように話を聞かされたのがきっかけ。そのころ、新日鐵釜石が日本選手権で史上初の七連覇を成し遂げている(昭和52年度~59年度、西暦だと1977~84年度)。

神戸製鋼は翌60年度の準決勝で新日鐵釜石を破り、8連覇を阻止。翌年は準決勝で同点、抽選で釜石が決勝進出。60年度、61年度はトヨタ自動車が優勝。
63年度に平尾誠二がキャプテン就任。年号が変わった平成元年1月10日(昭和天皇の崩御は7日)に東芝に勝ち、日本選手権でも大東文化大に勝って初優勝。ここから平成6年度まで、神戸製鋼の7連覇。
わたしは2連覇目の平成元年度、早稲田と神戸製鋼の日本選手権を観ているはずなんですが、試合経過を覚えていない(!)。満員だったことは記憶にありますが……

神戸製鋼が史上2度目の日本選手権7連覇を成し遂げたのは平成7(1995)年1月15日。その2日後の未明1月17日に阪神淡路大震災が起こったのでした。

選手として好きだったのは早稲田→神戸製鋼の堀越正巳なんですが(今回は出場せず)、平尾が出るというので、行くことを決めました。確か紳士服の広告にも出たことがある格好良さで、プレーも華麗だったので、あれをもう一度観られるなら、と思ったわけです。

2012/9/21 金曜日

2年がかりの勉強が終了!!

Filed under: 読書,日記 — ぱぐ @ 9:35:46

8月末と、9月1日からの3週間、祝日もぶっ飛ばすオソロシイ日程の司書講習が19日で終わりました。

日曜以外休みなしの、9時から18時まで(昨年までは17時まで)。
去年、仕事の関係で後半部分が受けられず、2年掛かりになったので、感慨もひとしお。

図書館法が改正され、20単位が今年から24単位になりました。コンピュータ検索関係が必須になったので、今までそっちの方に縁がなかった人はだいぶ苦労した模様。
わたしも素人ですが、家人がシステムエンジニアで門前の小僧状態なのと、一昨年コンピュータ指導員という仕事をやった関係で、全般的な枠組みはなんとなくわかります。

今、図書館にある本を探すのはコンピュータ検索ですし(わたしの学生のころは引き出しに収められたカードをめくったものです)、そのほかにもコンピュータがないと仕事になりませんからね(図書館に限らず、事務関係はみんなそうでしょう)。業者にシステム構築を依頼する時の企画書・仕様書を読む時間もありました。任せっぱなしで業者がへんなのを作ってきた時にチェックできないとか、依頼する時にきちんと伝えていないからへんなのができたとか、そういうのは避けましょう、という趣旨だったようです。

成績がどうだったか、無事に修了証書がいただけるかどうかは約1ヶ月後にわかるんですが、ともかく、終わったことでホッとしています。
これをどうこれからの仕事に生かすか、あと個人的に図書館はずっと使ってきたので詳しい勉強をした目で見てみるとどういう事になるのか、自分でも楽しみです。

来週月曜から仕事再開です。
子どもたちにも威張れるくらい、勉強したよ!(笑)

2012/8/17 金曜日

岩波少年文庫の50冊(選・宮崎駿)@世田谷文学館

昨日、世田谷文学館で表記の展覧会を観てきた。

子どものころ、岩波と福音館の子ども向けの本で育ったので、宮崎駿がどんな本を選ぶのか、興味津々だった。
創刊から60周年を迎えた岩波少年文庫の刊行部数は、現在までに400冊を超えているそうな。

その400冊余りの岩波少年文庫を実際に手にとって、3ヵ月かけて50冊を選んだという。
1冊1冊に、直筆で推薦文を万年筆で子ども向けに書いている。便箋は「崖の上のポニョ」のタイトルが下に書いてあったりして楽しい。字数は200字前後。

小学校1年で「アフリカ行き」をもらって以来、お話としては今までいちばん、わたしが愛読してきたドリトル先生についてはこんなふうに。(採り上げたのは航海記)

【 不思議な力を持っている本です。ムシャクシャして、イライラしている時、くたびれて、すっかりいやになっている時、この本を読むと、ホワーンとあたたかい雲の中に入ったように心も身も軽くなります。なんだかうまくやれそうな気がしてくるのです。
 それに、とても読みやすいし、本はしっかり厚くてたっぷりしていて、しかも全部で13冊もある上、1冊づつバラバラに読んでもいいんです。
 ね、いい本でしょう。】

受付でもらったミニ本の中から。

――……僕らの学生時代には、一定の本は読んでおかなくては話にならないというラインがありました。それで二葉亭四迷やドストエフスキーなどの本も読みましたけど、ある時、もう読み進められなくなって…。自分が解剖されているような気がして。似たような経験が何度かあって、僕は大人の小説には向いてない人間だと決めたんです。児童書の方がずっと気色に合うんです。何が違うかといったら、児童書はやり直しがきくという話ですよ。……――

『星の王子さま』を訳した内藤濯(ないとう・あろう)の、私家版歌集『折々ぐさ』(1978=昭和53年9月刊行)から一首。
<いづこかにかすむ宵なりほのぼのと星の王子のかげとかたちと>

2012/8/1 水曜日

夏休みに入っています。

Filed under: 美術館・博物館・アート,音楽,落語,読書,日記 — ぱぐ @ 18:57:22

お久しぶりです。ここを見てくださってる方、どのくらいいるのかな?

7月の勤務はなかなか過酷でしたが、今は夏休みに入っています。

去年の8月、家にいてゴロゴロしながら本を読んでいたら熱中症になったというオソロシイ経験をしたので、いかに涼むかが今年も課題です。上野で博物館→旧音楽学校奏楽堂でのコンサートとか、新宿末廣亭で昼席全部と夜席少しを笑って過ごすとか、いろいろ工夫していますが、なかなかたいへんです。

そのうち、一人カラオケで大声出してストレス解消と涼むの両天秤図ろうかな(笑)。

今年度も司書講習で主に9月に通学があります。
単位数が増えた(20→24)分、一日の授業時間が去年までの9時17時から、今年度は18時までという、さらに過酷なスケジュールですが、今年度で取り切っちゃう予定なので、健康に留意しつつ、通学したいと思います。

仕事でなんとか1回もダウンせずに夏休みまで持ったので、ちょっと自信が付きました。

というわけで、生存証明でした。

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