2005/12/24 土曜日

22年ぶりの再会

Filed under: 日記 — pug @ 20:39:15

コロンビア在住の同級生Oさんに逢った。なんと22年ぶりであることが判明。

中学高校の同級生はとにかくいろんな人がいて、役者、声優、歌のお姉さん、絵本作家、フルート奏者、チェンバロ奏者、某新書にルポを書いたジャーナリストと名の知れた人だけで10人近い。

学年全体で370名余り。進路もさまざまで、卒業してすぐデパートに勤めたひともいるし、大学でも理系文系美術音楽、ほとんどあらゆる分野に渡っているのじゃないだろうか。

国際結婚した人は何人かいるのだが(もともと帰国子女をたくさん受け入れている学校)、Oさんがコロンビアの人と結婚した、というのは学年の中でもかなり話題になった。

神戸で逢ったTさんが同級生交流サイトを作ってからしばらくして、コロンビアのOさんも書き込みを始めたので、なんだかとてもふしぎな気分だった。

そのOさんが帰国しているので囲む会をやるから来ない?というお誘いを受けたので、23日に行ってきました。

忘年会シーズンのためOさん滞在の新宿では予約が取れなかったらしく、母校の通学路にあるお店だった。

シフト通りなら休みなのだがクリスマス前でいちばん忙しい時期。振替出勤になってしまい、我孫子から1時間半くらいかかって着く。予定より早かったけど、次の日も朝から仕事なのでゆっくりはできない。貴重な一期一会なのだ。

Oさんは独特のちょっと甲高い声で、
「しばらくー」
と言った。卒業後三回行われた同窓会にはどれも出ていないという。つまり22年ぶりに再会したわけ!

Oさんの話でおもしろかったこと。

*中学の時、だれかが手相を見てくれた。占いはあまり好きじゃないのに、手を取られてしまい、
「40の時にね……」
とそこで終わってしまい、40歳のいま、あの続きはなんだったのかすごく気になる。
(居合わせたメンバーは占ったのが誰なのか知りたがった。小柄でポニーテールだっけ?)

*学年対抗の体育祭に燃えた我が学年なのだが、Oさんは綱引きのリーダーだった。それですっかり知られてしまい、高三で優勝できなかった一つ上の学年の先生たちとは気まずかった。

*そのときのことはそのときのことで割り切るOさんは、優勝した体育祭の次の日にみんなの前でコメントを求められても、もうきのうのことじゃん、とすっかり醒めてしまっていて、言うことがなかった。

*コロンビア人のダンナとは卒業後に留学したアメリカで知り合ったのだが、在学中にアメリカに行くことを決めていたという。高一の夏休みに短期滞在したアメリカの町(どこだったの?)がとてもよかったから。母校は好きだったが、このままではだめだと思っていたのもある。

*仲がよかったEさんがおとなしいと思っていたら、遊びに行ったニューヨーク(?)では別人のようににぎやかだった。彼女は帰国子女で、たぶん、アメリカでのEさんがほんとの彼女なのだな、と思った。

*入試の時、面接前の控え教室で付き添ってくれた上級生がピンクレディーを踊ってくれて、楽しかった。こんな楽しい学校に入りたいと思った。
(この上級生は、ぱぐの卓球部のY先輩らしい。文化祭でエイトマンの映画を作ったりした有名人)

*Oさんはお寺の娘なのだが、お寺の住職にも転勤があるらしい(!)。来年お父さんが、わたしが住んでいる千葉県北西部のお寺に移ることになっているという。来年は帰国予定がないが、移転先のお寺に行く時には連絡くれるとのこと。

ここには書きにくいおもしろい話もあって、みんなでおなかが痛くなるほど笑った。
貴重な4時間弱。あっという間だったな。

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