2014/1/22 水曜日

2014.1.11「神谷美恵子生誕100年 記念の集い」@岡山市民文化会館(5)


最初に長島愛生園園長・藤田邦雄氏から挨拶があったのだが、わたしは開演時間を過ぎてから会場に着いたので、詳細はわからず。
神谷美恵子と長島愛生園の関わりについて話したものと思われる。

なお、今回の集いの主催者は長島愛生園と長濤会。
共催が長島愛生園入所者自治会、長島愛生園歴史館、笹川記念保健協力財団、岡山県、岡山市、瀬戸内市。
後援がふれあい福祉協会、岡山県教育委員会、岡山市教育委員会、瀬戸内市教育委員会、岡山県医師会、岡山県看護協会、ハンセンボランティア「ゆいの会」。
協力が山陽女子高等学校(たぶん司会を務めた女性二人。放送部ではないかと思う)。

14:00~15:00 講演「人生の生き方の選択」
聖路加国際メディカルセンター理事長・笹川記念保険協力財団名誉会長 日野原重明

昨年10月4日に102歳になったとのこと。神谷美恵子が生誕100年(亡くなったのは65歳)なので、さらに年上で健在と言うことになる(!)。
杖も突かずにすたすた出てきて一時間立ったまま、パワーポイントを使って講演をしたので聴衆が度肝を抜かれていました(笑)。
パワーポイントの操作は誰かにやってもらったし、背中が曲がっているのは年齢的にやむを得ないでしょうが、これが(噂の日野原先生か!)と思いました。

実は日野原さんは昨年6月東京都東村山市にあるハンセン病療養所全生園内の国立ハンセン病資料館でも講演しています。ハンセン病資料館開館20周年記念です。わたしはそれをやったのをつい最近知って愕然としたのですが、その時のお題は「ハンセン病の患者に生涯を捧げた神谷美恵子医師の生き方」です。今回の講演はそれに重なる部分が多いのではないかと思います。

日野原さんが現在名誉会長を務める笹川記念保険協力財団はハンセン病の撲滅と病気について一般市民に広く理解してもらう取り組みをしています。
同時代の同じ医師であるけれども、神谷美恵子に直接逢ったことは一度もない。
ただ、神谷美恵子が訳した本の影響は受けた。

GHQが聖路加病院を接収した時、米軍の野戦病院として使われたが、聖路加の人は中に入ることを許されなかった。メディカルライブラリーのパスが欲しいと申し出たら、午後だけ通ってもいいということになった。ウィリアム・オスラー(ぱぐ注:1849年- 1919年、カナダの臨床医師、内科医)の本の中に「医師が読むべき10冊の本」、というのがあり、その中にマルクス・アウレリウス『自省録』があった。(ぱぐ注:マルクス・アウレリウスはローマ帝国の皇帝。五賢帝の一人。若いころ哲学を学んだので哲人皇帝といわれる。『自省録』は多忙な公的生活の中で自分を振り返って書き残したもの)
読みたいと思っていた時に、神谷さんが翻訳を出したので、さっそく読み大きな影響を受けた(ぱぐ注:今は岩波文庫に神谷美恵子訳が入っています)。

同時代人なので、自分と神谷美恵子の履歴を振り返る(パワーポイントで両者の経歴事績を表にして示す)。
日野原氏は山口県山口市出身の長州人。七歳で神戸の小学校に入学→腎臓病で休学→関西学院中学校入学→京都の第三高等学校、通称三高入学(ぱぐ注:岡山には第六高等学校、通称六高があった。漱石の弟子の一人で作家の内田百閒は岡山市出身で六高を出ている。大学時代はドイツ語ドイツ文学専攻)→京都帝国大学医学部に学ぶ。在学中に結核にかかって広島で療養(ぱぐ注:お父さんが広島女学院の院長だった。両親共にクリスチャン。お父さんはメソジスト派の牧師。日野原氏もクリスチャン)。

影響を受けたウィリアム・オスラーの本は、後に仁木久恵さんさんと共に翻訳をした→『平静の心―オスラー博士講演集』(医学書院)。

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