2012/9/26 水曜日

ラグビーのチャリティマッチ@秩父宮(1)

Filed under: ラグビー,日記 — ぱぐ @ 15:32:06

23日は仕事再開の前日で、どうしようかだいぶ迷ったのだけど、秩父宮ラグビー場で観戦した。
お目当ては、かつて日本選手権で7連覇、そして震災に遭った地元のチーム同士の試合。

新日鐵釜石OBvs神戸製鋼OB 東日本大震災復興支援「V7戦士 チャリティマッチ」

友だち夫妻に現在のクラブチームの釜石シーウェイブスファンがいる。
チャリティマッチは釜石vs横河武蔵野(よこがわ・むさしの。横河電機のチーム)の前哨戦だった。
ラグビーの社会人はトップリーグが一番上で、釜石などは現在その下のトップイーストというリーグに入っている。
連絡すると「もちろん行くよ」ということだったので、チケットと席取りをお願いしたのであった。

昔、ラグビーに熱中したことがある方なら、松尾雄治を中心とする「北の鉄人」たちが、グラウンドを走り回っていたのを覚えているだろう。わたしがラグビーを見始めたのは高校生になってからで、同級生に明治大学の藤田剛選手の熱烈なファンがいて、毎日のように話を聞かされたのがきっかけ。そのころ、新日鐵釜石が日本選手権で史上初の七連覇を成し遂げている(昭和52年度~59年度、西暦だと1977~84年度)。

神戸製鋼は翌60年度の準決勝で新日鐵釜石を破り、8連覇を阻止。翌年は準決勝で同点、抽選で釜石が決勝進出。60年度、61年度はトヨタ自動車が優勝。
63年度に平尾誠二がキャプテン就任。年号が変わった平成元年1月10日(昭和天皇の崩御は7日)に東芝に勝ち、日本選手権でも大東文化大に勝って初優勝。ここから平成6年度まで、神戸製鋼の7連覇。
わたしは2連覇目の平成元年度、早稲田と神戸製鋼の日本選手権を観ているはずなんですが、試合経過を覚えていない(!)。満員だったことは記憶にありますが……

神戸製鋼が史上2度目の日本選手権7連覇を成し遂げたのは平成7(1995)年1月15日。その2日後の未明1月17日に阪神淡路大震災が起こったのでした。

選手として好きだったのは早稲田→神戸製鋼の堀越正巳なんですが(今回は出場せず)、平尾が出るというので、行くことを決めました。確か紳士服の広告にも出たことがある格好良さで、プレーも華麗だったので、あれをもう一度観られるなら、と思ったわけです。

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