受け取る側の判断力が問われる
(上の写真を羊歯<しだ>に替えました)
いつも酒売場に寄らないので、
東北のお酒(浦霞か出羽桜がいいなあと思っていた)を
調達するのを忘れてしまったー。不覚。
お茶で従姉妹一家+その両親の無事を乾杯する。
きのうは雨。
バスは当分休日ダイヤで走るということなので
かなり早めに出たらすいていて、
もう一本乗り継ぎするところで待つ羽目に。
コーヒーを飲んで時間をつぶしていたら、
となりにいた同年配と思われる女性に話しかけられる。
やはり早めに出てきて、時間をつぶしているとのこと。
地震の日は夜に3時間、動くことができなかったという。
さいわい、暖かい場所に入ることができたそうだが。
うちは洗濯を3日にいっぺんくらいにしよう、
と話してるんですよ、
と言ったら、同じようなことをしているとのこと。
家族の多い人はそうは言っても量が多くなるのだろうけど。
30分ばかり、よもやま話をして別れたのであった。
職場では、コンピュータを使わない人から
計画停電についての情報探索を頼まれる。
今回のことで、自分でもすこし使えるようにしようと
思ったとのこと。
最近はテレビでも
「詳しいことはホームページに載っています」
とか言いますからね。
ある程度は自分で情報を取りに行くことも必要なのかと。
まあでも、この間も書いたけど、
情報が玉石混淆で、
公式情報の他に、
個人の感想や憶測がブログやツイッターで書かれていて
数多く目に入ってくるということは、
受け取る側の判断力が問われるということですね。
このへんは子どもたちが検索学習する際、
教員や指導者の要注意点にもなりそうだ。
3月11日に善意のつもりでデマを再拡散してしまい、
あとで猛反省したわたし自身にもいえるのですが。