2007/11/4 日曜日

江藤淳『漱石とその時代』第一部を読んで

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 9:58:36

おとといの車中で読む。刊行年を調べてみると三島由紀夫が切腹で死んだ年の8月(3ヶ月前)。ふーんそうか、と思った。

わたしの見るところ、文学上の近代(ということばを作ってみた)は三島由紀夫の死をもって終わる。あとはなんだかぐずぐずの世の中になっていくのに合わせて、文学の方もかっこつきの「文学」ではなくなっていくように思う。

江藤淳が描く幼児から作家誕生前、熊本滞在までの漱石像は、やけに陰惨な印象なんだけど、なんでかなあ。前に書いたように「書き手の無意識が対象にも反映される」んだとしたら、江藤自身の幼時が(本人の印象として)陰惨だったのかも。

前にも書いたが、わたしが神谷美恵子のことを書くとしたら、
*母親との関係、たぶん母親が自分のモデルにならなかったので理想像を探した
*転校が多かったこと、合わないと思った学校があったこと、登校拒否の経験があること
*読書好きでいろいろな本を参考にしながら自分の考えをまとめた
*父の娘だった
*夫との関係を大事にした
というようなところにスポットを当てて書くことになりそうな気がする。

そしてたぶん書けないだろうな(わからないから書けない)と思うのは、
*いろんなことばが頭の中で渦巻いていたこと(語学がいろいろできた)
*聖書のことばがすぐに出てくる
*子供に対する気持ち(子どもがいない。話したりするのは好きだし教員志望でもあったのだが)
*詩心
というようなところかしらん。聖書のことはこれからいろいろ読んで補うつもりではいるんだけど、信仰しようとは思わないからおざなりになるかもしれないなあ。

いちばん疑問に思うというか不思議なのは、神谷(当時は前田)美恵子が初めて全生園に行ったときに、「この人たちのために働きたい」と思いこんでしまったことで、漱石がなぜ松山に行ったのか?という謎に匹敵するんじゃないかと思うんですよね。これは最初に著作を読んだ時から思っていることで、その謎を知りたいがためにキリスト教無教会派の雰囲気や関係者のことを調べたり、当時の社会的な環境を調べたりしている。

全生涯を通した伝記を書くのは無理だろうから、自分が書けそうなところに絞る。ただ生涯を通じて考えていたこと、考えの基礎になったことについては触れるつもりでいる。

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