2004/11/28 日曜日

快晴の日曜日に

Filed under: 日記 — pug @ 10:33:25

今日は快晴の日曜日。気分がいい。

体の方は楽になつてきた。

金曜の休みを自分の思ふやうに過ごせたのがよかつた気がする。昼近くまで寝て、ごろごろしながら本を読み、眠くなつたらうとうとし、ときどきパソコンを付けて(眠つてゐるときはパソコンの音が神経に障るので消す)、好きな時間に好きなだけ食べた。夜になつて咳止めの薬を買ひに行き、ついでに本屋であれこれ立ち読み。

精神的にきつくなつてくると本屋か図書館に逃げ込む、といふのが子どものころからの行動パターンだから、最後の行動もなにか効き目があつたかも。実家だと自分の家なのに居心地が悪く「帰りたくない症候群」のため、本屋や図書館を避難場所(?)に決めてゐたのだが、今は幸ひさういふことはない。それだけでも(?)結婚した意味はある。

ところでO先生の『宗祇』は続けて読んでるけど、うーん、はつきり言つておもしろくないなあ(^^;)。宗祇がどんなひとなのかはつきりしないし(今でも出身階層については解明できていないらしい)、連歌の名人だといふならひとつ例を出して、こんなふうにほかの人のに付けてゐるから名人なのだ、といふあたりを見せてくれるとおもしろいと思ふのだけど。
『新撰菟玖波集』(1495年成立)という隼勅撰連歌撰集の撰者の一人として、他の撰者と意見の対立があつたり、完成前に後土御門天皇に見せるための手続きの話はおもしろかつた。

連歌と連句の区別がよくわからず、『日本古典文学大辞典』(全六巻、岩波書店)を引つ張り出して該当項目を読んでみたけど、いまいちわからない。五七五→七七→五七五→七七→……を数人で次々に付けてゆくのが連歌だと思つてゐたのだけど、違ふのかな?最初の五七五が独立したのが発句<ほっく>で、これが明治以降「俳句」と呼ばれるジャンルになつたんだよね。

『日本古典文学大辞典』の連歌周辺の項目を眺めてゐたら、「連歌十徳」「連歌盗人」「連歌毘沙門」といふ狂言があつた。連歌が一番盛んだつたのは応仁の乱の前後、文字通りの乱世のころなんだけど、狂言もそのころが最盛期だからなあ。わたしはお能より狂言に興味あり。

ASAHIネットの会議室に参加してゐるころ、ちよつとだけ句会に参加してなかなかおもしろかつたんだけど、句会には参加しなくてもいいからまた作つてみやうかな。歳時記は山本健吉の『最新俳句歳時記』(春・夏・秋・冬・新年の全五冊、文藝春秋)が手元にある。
父の知りあひで毎年年賀状に自作漢詩を書いてくる人があつておもしろいと思つていたのだけど、干支にちなんだ発句とか書けたらかつこいいよね。俳名はもうひそかに決めてある(笑)。

コメントはまだありません

コメントはまだありません。

この投稿へのコメントの RSS フィード。

現在、コメントフォームは閉鎖中です。

HTML convert time: 0.289 sec. Powered by WordPress ME