2011/4/16 土曜日

先行きが決まりました。

Filed under: 食べたり飲んだり,日記 — ぱぐ @ 8:01:16

気を揉んでいましたが、自分の中では2番目に志望だった
ところに仕事が決まりました。

なかなかたいへんな仕事になりそうなので、
同僚になる方々と連携を取り合いながら
やっていきたいと思います。

しっかり食べてしっかり眠る。
これで行こう。

始まったらまたブログ更新は減るかもしれません。
パソコンにさわる気力がどのくらいあるかなあ……

2011/4/15 金曜日

珍しく家人に驚かれたこと

Filed under: 音楽,日記 — ぱぐ @ 8:00:05

わたしの性格をよく知ってるから、
家人が驚くということはめったにないのですが……

モーニング娘。の田中れいなが
松田聖子のカバーをいろいろ唄っているというのは
前に書きました
が、
「松田聖子を生で聴いたことはないなあ」
とわたしが言うと、
「え?聴いたことないの?」
と驚いた。

会社の人たちと一緒に3回くらい
コンサートに行ったことがあるのだそうです。

なんべんも書いてますが、
わたしの中学高校時代は松田聖子のデビューから
大ヒットの時代で、別にファンじゃなかった人でも
歌は知ってる、カラオケでも唄うよ、という人が多い。

わたしも特にファンというのではなかったけど
(そのころはイルカとかTUBEとかが好きだった。
ぜんぜん傾向が違いますが(笑)、
なつかしさで言えばやっぱり松田聖子なんですよね。

これがジャニーズ系じゃないところが
わたしだな、うん(笑)。

2011/4/14 木曜日

ささやかなことを続ける

Filed under: 食べたり飲んだり,日記,旅行,散文・文章 — ぱぐ @ 6:58:43

震災、原発事故と続いて、世の中騒然としている。

わたしは求職中の身なので、
稼ぐ手段を得ないことにはなんにもできないんですが、
手段を得たとしてその先に考えること。

まず仕事の内容と職場の人たちに慣れること。
いろんな職場を経験して思うんですけど、
仕事しやすい職場というのは例外なく人間関係がいいです。

もちろん、いろんな人がいるのが世の中の常ですから
中には好かない人だっているかもしれません。
でもいつか恩師の一人が言っていたけど、
「やだなあと思ってた同僚でも一緒にやってみると
好きになれるところが出てきたりする」

ふだんから思ったことをズバズバ口にする先生なので、
これは信用できるんだろうと思います。

わたし自身が「あ、この人とだったら一緒に仕事して安心だ」
と思われるようになりたい。
よく気がつくこと、不用意にものを言わないこと。

まずは聴き上手になることがいいのかもしれない。

稼ぐ手段が得られたとしても
被災地の方々に対してできることと言えば
あちらのものを食べたり飲んだりするくらいしか
思いつかないけれど、それでいいのかな。

旅した地のことはよく覚えているので、
それを語ることだったらできます。

声高に叫ぶのは好みじゃないので
そういうささやかなことを続けていきたい。

2011/4/13 水曜日

まだ先行きわからないまま

Filed under: 神谷美恵子,読書,日記,散文・文章 — ぱぐ @ 7:11:22

震災や原発の話ではありません。

むろん社会的には先行きわかりませんけど、
わたし自身の先行きがわからない。

肝っ玉据えていますが、
結果が出るまでどうなるのかわからないのは
毎度毎度いやなものです。

もう何回もやって苦労したせいか
ちょっとのことでは動じなくなりましたが
(少しは大人になったかしらん)、
最終決定が出るまではなんとも言えない。

予定が立たない、
乏しいお金をどの程度まで使っていいかわからない。
これが困ります。

まだ引退する年頃ではないし、
やりたいこともたくさんあります。

読みたい本、行きたいところ、
それから神谷さんのことを書きたい
という希望も(大きくなったり小さくなったりしてますが)
まだ持ち続けています。

最終決定するまでは保険を掛け続けるしかないかなあ。

家人は「条件がいいのを選べ」
というのだけれど、
わたしは必ずしもそうじゃないんだな。

なんでしょう、
わざわざたいへんなことを選んでるように見えるのかもしれない。

納得できないといやなんですよ、とにかく。
うそを付けない性格だからかもしれないけど。

2011/4/12 火曜日

今日は大事な日

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 7:11:00

求職中の身であることに変わりがありません。
今日は大事な面接。

きのうの余震騒ぎで事前勉強が
途中までになってしまったので、
今日はぎりぎりまで勉強続ける。

大げさに言えば、
これからのわたしの人生が大きく変わってくるだろうし、
あとはささやかながらひとさまの人生にも
関わるはず。

と書くと力が入り過ぎちゃうので(^^;)、

深呼吸してから臨みたいと思います。

2011/4/8 金曜日

学校独自の行事

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 7:17:03

職場という面からみると、
学校はかなり独自なものがある。

わたしは元団体職員で、
あれはお役所に近いような組織構造なんだけど、
行事で一年が過ぎるというところもあった。

学校で一番独自なのは「離任式」だろうか。
公立の学校の場合、
着任してから数年すれば必ず異動があるし、
毎年誰かしら去り、誰かしらが入ってくるという仕組み。

離任式は、よその学校に異動になった先生・職員のみなさんを、
生徒(児童)たちが送る行事です。
たいてい4月末とか5月初めくらいに行われる。

わたしも3年間は公立小学校に通ったので
そういう行事はあったのでしょうが覚えていません。
担任だった3人の先生の名前は今でも覚えているけど。

ふつうの会社であれば、社員同士の歓送迎会になるわけですが
教職員と生徒だから、そういう行事になるんだろうな。

去年ちょっと見学させてもらって、
なかなかいいものだと思いましたよ。

担任だった先生とは、
子どもたちも一年間のつきあいだから
いろんなことを思い出すみたいだった。
先生の方もね、もちろん。

2011/4/7 木曜日

解凍しなくてもいい関係の秘訣

Filed under: 山下達郎・竹内まりや,日記 — ぱぐ @ 8:10:52

ファンクラブの会報に、
昨年末の竹内まりやの10年ぶりのライブに際して、
夫でかつバンマス(バンドマスター)&アレンジャーの山下達郎の
インタビューが載っていた。

来年結婚して30年になるのだそうだけど(わたしの倍だ)、
「ライヴを観ていて思ったんですが、
お互い、仕事相手としても一番の理解者でもあるご夫婦同士、
解凍しなくてもいい関係の秘訣ってなんだろうって」
という質問に対して、こう答えている。

★★★
会話でしょ。人間というものは不完全な動物で、
テレパシーやら以心伝心なんてことは幻想でね。
ほかの動物は話をしなくても生きていけるけど、
人間は徹底的に言葉を使って結論を導き出さないといけない。
特に問題が起こった時には、会話をしないと始まらない。
だから、とことん話すんです。
これって、家族だけの間柄に関わらず、
会社の同僚、上司、部下の関係においてもそうだし、
話すことでしか解決の手段は見つからないから。
特に夫婦の場合は何より接近した関係だから、
本当に言葉しか解決手段がないんですよ。

★★

わたしは自分の両親を見ていて、
なんでしっくりいかないんだろうと
不思議でならなかった。
話はたくさんしているのに、
かみ合わないのだ。

自分が結婚してからはお互い遠慮なく言い合ってます。

家人の方はどう思ってるかよくわかりませんけど、
怒ったら怒りっぱなしにはしないようにしている。
家人も30分くらいがんがん怒ると収まりますし(笑)。

家族がもっとたくさんいたら
それぞれの立場でものを言うでしょうから
調整がむずかしいのかもしれませんが、
ふたりだけですからね。
結局歩み寄るしかない。

15年も一緒にいると、
どんな人かはお互いよくわかっちゃってるわけですし。

にしても、同年配の友達からよく聞く、
「ダンナっていてもいなくても同じようなもの」
という感想がよくわからない。
子どもができると違うものなんだろうか。

2011/4/5 火曜日

震災後に読んだ本、神谷さんのこと

新しい本を読むより、愛読書を読み返したい気分になっている。

震災のあとに読み返した本。

塩野七生『男たちへ』(文春文庫、1993)
同上    『再び男たちへ』(同上、1994)
村上春樹『少年カフカ』(新潮社、2003)
石川淳・丸谷才一・杉本秀太郎・大岡信『浅酌歌仙』(集英社、1988)
丸谷才一『新々百人一首』(新潮社、1999)
夏目漱石『坊っちゃん』(新潮文庫、雑誌の初出は1906)

そして実に久しぶりなのだけど、
神谷美恵子の本(みすず書房・神谷美恵子コレクション)

ツイッターで伊東乾(@itokenstein)氏という
作曲家&指揮者&作家(作品はぜんぜん知りません。あしからず)
が神谷さんのことをつぶやいていたので触発された。

(結果としての経歴を見るとそういう風になりますか?)

と思ったのでちょっと意見を述べておいたが
先方はどう思ったかわからない。

@itokenstein Ken ITO 伊東 乾
日頃芸術を営む人が、戦争や災害の際に別のさまざまな形で役立つ努力をするのは決して珍し い事ではありません。逆に平時でも哲学者フーコーの訳者で知られる神谷美恵子さんはハンセン病患者治療に生涯を捧げた精神科医でもあり、多くの著作でも知 られます。文化人やアーチストは今真価を問われる訳で(3月26日)
@pa55gu ぱぐ 東京都東村山市
itokenstein こんばんは。神谷さんにとっては、ハンセン病患者に関わることは医師になるきっかけでもあり、ずっと念願だったので、平時とか非常時とかという意識はあまりなかったと思います。(3月26日)
@itokenstein Ken ITO 伊東 乾
@pa55gu 神谷さんが医師になられたのは太平洋戦争中、というのは、お父さんの当時の立場(特高に目をつけられていたわけで)を考えても無関係ではないような印象を持っています。それはフーコーとの共感などにも通じるものがあるような気がしていました。
(3月26日)
@pa55gu ぱぐ@東京都東村山市
@itokenstein 結果的には戦争中に日本の医師になっていますが、医師の勉強を始めたのはアメリカ滞在中のことですよね。戦争が始まって帰国してから日本の医師の学校に入ったので。お父さんの立場は神谷さんを考える時はずせないところではありますが。

(3月27日)

結果からだけ見ると、神谷さんがいろいろ悩んで生涯を送ったことが見えてこない。

伝記もどき、書けるかどうかわからないけれど、わたしが書くならそのへんをしっかり書きたいものです。

2011/4/4 月曜日

今年度のささやかな目標

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 7:40:45

<機嫌のいい人間になること>

なかなか人間できてなくてすぐ怒っちゃったり
(しかも怒り始めると止まりません(^^;)

気に障る人がいると不愉快になったりしがちなんですが、

基本はきげんよく。

学校で仕事してそういうことの大事さを身に沁みて感じたので。

2011/4/3 日曜日

今日はおやすみです

Filed under: 山下達郎・竹内まりや,日記,散文・文章 — ぱぐ @ 7:00:00

きのうはいろいろあってくたびれましたので
電池切れ。
文章書く気持ちにならなかったので、おやすみです。

さー今日は先週聴けなかった山下達郎のサンデーソングブックを
のんびり聴くのだー。

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