2011/4/28 木曜日

多磨全生園の図書室にて

もうすぐ次の仕事が始まるので、いい機会だと思って、
市内にある国立ハンセン氏病療養所・
多磨全生園(たまぜんしょうえん)内の
「国立ハンセン病資料館」に立ち寄る。

市内にあるからといってしょっちゅう行くわけではなくて、
こちらに気持ちの余裕がないとなかなか足が向かない。
行くといつも真摯な気持ちになる。

常設の展示は何回か見ているので、流れを観ながら
企画展へ。
中にいる患者さんたちが作った陶芸や絵など。

大きな壺や大皿など、かなり苦心された、
造形色豊かなものがあって感心する。

そのあと図書室へ。
ここも来たことがあってどんな資料があるかは
頭に入っているのだけど、
改めて神谷(美恵子)さんのエッセイ集2巻を読む。

著作集はうちにあるし、みすず書房から出ている
「神谷美恵子コレクション」も少しずつそろえているので
文章は読んだことがあるものばかりなんだけれど、
時期的に心に沁みた。

*「学校での疎外感について」
*「存在」の重み――わが思索 わが風土

問題はどうやってわたしが神谷さんのことを書くかなんだけれど、
正直言っていまだに見当が付かない。

岡山にある長島愛生園には一度行こう、とは改めて思った。
(神谷さんは学生時代にここに見学に行き、
40代になってから治療・研究で関わった)

2011/4/26 火曜日

スーちゃんこと田中好子さんへの手紙

Filed under: テレビ,読書,映画,日記 — ぱぐ @ 7:41:52

ずっと病気で闘っておられたことを知らず、
お亡くなりになったという一報を聞いて
最初は(え?!)と思いました。

キャンディーズが解散したのはわたしが中学へ上がった年でした。
わたしは松田聖子さんのデビューから大ヒットした時期が
中学高校の時期に重なりますので、自分の青春時代を
象徴する歌、というと聖子ちゃんになります。

女優になられてから印象に残っているのは
今村昇平監督の映画「黒い雨」(1989)です。
井伏鱒二の原作も好きでしたし、モノクロ撮影が
内容にも合っていて、いい映画でした。
わたしの社会人2年目の年ですね。
これは映画館で観たはずです。

あと、いろいろテレビや映画に出ておられましたが、
「ちゅらさん」(2001)の古波蔵(こはぐら)勝子さんが好きでした。
堺正章さん演じる恵文(けいぶん)さんのことは
「ぶんちゃん」でしたかね、呑気でだらしない亭主を
しっかり突っ込んで一家の支え役だった。
あれから10年なんですねえ。

きのうのお葬式で流された肉声テープ、
NHKは7時のニュースで全文流してくれたので
1人でテレビの前で聴きました。
震災で被災されたみなさんのことを気遣う声、
もっともっと映画やテレビに出たかったという声、
苦しい息の中、よくぞ残してくださったと思います。

どうぞ安らかにお眠りください。
十も上の人に失礼ですけど、スーちゃん、どうもありがとう。

2011/4/21 木曜日

チェンバロ2台のコンサート@早稲田

Filed under: モーツァルト,神谷美恵子,音楽,日記 — ぱぐ @ 11:30:25

早稲田で行われたチェンバロ2台のコンサートに行ってきました。

ニュースやツイッターで生々しい現実にばかり
浸っているのがちょっとキツイので、気分転換も兼ねて。
仕事が決まったら行こうと思っていたのだけど間に合ってよかった。

いまわたしの心境はやりたいことを先延ばしにしない、
という方向に向いていて、それは毎日の生活をしっかりやろう
ということとつながっている気がします。

演奏者の一人は中高の時の同級生で、事前に電話した時
「しっかり生きて行かなきゃと思う」
と言ってましたが、それはわたしも同じだ。

演奏者は木村夫美さんと戸川陽子さん。
曲目は次の通り。

クリスチャン・バッハ
2台のチェンバロのためのデュエット
ト長調Op.15-5
  アレグロ/メヌエットのテンポで

モーツァルト
4手のためのソナタ 変ロ長調K.358/186c
  アレグロ/アダージオ/モルト・ブレスト
(1台のチェンバロで連弾しました)

エマヌエル・バッハ
2台の鍵盤楽器のための4つの小さなデュエット Wq.115より
第1番 アレグロ
第3番 ポコ・アダージオ

 休憩

クープラン
2台のクラヴサンによるアルマンド
さわやかさ
魅力
メヌエット
[クラヴサン曲集第2巻 第9オルドルより]

セバスティアン・バッハ
2台のチェンバロのための協奏曲
ハ長調 BWV1061a
  ――/アダージオまたはラルゴ/フーガ

アンコール曲は上記3曲目エマヌエル・バッハの第4番。
予定よりさくさく進んだとのこと。

なお、会場は早稲田奉仕園内のスコットホール。
プロテスタントでしょうか、キリスト教の施設の中の建物のひとつ。
天井が高く、前には十字架とパイプオルガンがありましたので、
ふだんは教会として使われているのかな。
聖書が置いてある棚があったし。

バッハは神谷(美恵子)さんが最も好んだ音楽で、
自分でもピアノを弾いたそうなので、
そんなことも考えながら聴いていました。

チェンバロはとても繊細な楽器で、弾く前と休憩時間に
念入りな調律が行われていましたが、
アナログ的な分、心に入ってきやすかった。

同級生4人が聴きに来ていて、
そのうちの2人とそれぞれの近況を話しながら帰途につきました。

以前に同級生のチェンバロ演奏を聴いた時の記事は
こちらとこちら(1)(2)(3)

きむ、どうもありがとう。

2011/4/19 火曜日

前の職場に挨拶

Filed under: 食べたり飲んだり,日記 — ぱぐ @ 6:21:02

挨拶に行こう、と思うってことは
いい印象を持っていたということですが、
前の職場はやめてから行っても温かかった。

経験を生かしたことをやりたい、と言って
採用が決まったと思うので、お礼と報告を兼ねて
退職後はじめて前の職場に行ってきました。

忙しいことは重々承知なので
おじゃましないように挨拶するだけです、
と予告していたのですが、
ついでに後任の人と話すことがあったらよろしく、
と言われたのでいろいろ話していたら
結局長居になってしまった(^^;)。

ちょっとばかり差し入れも。

ふだんいろいろ雑談もしていましたし
こんなのがやりたいです、ということも
言っていたので、お祝いを言ってもらえました。
経験を踏ませてやるつもりです、
と言ったらエライ人にいい話でありがとう、
と言われました。

去年度よりもたいへんさはあると思うんですが
だいたい枠組みのようなものはわかっていますので
その点では気持ちは楽です。

まったく知らない分野の知らない職場の、
知らない人たちとやるのはたいへんでしたから。

でも筋肉痛はしばらくあるかな?(笑)

2011/4/18 月曜日

松岡正剛さんの声のトーン(6)

当然のことかもしれないけど、
松岡正剛さんと話をしたい人はたくさんいた。
師範や師範代はおなじみでしょうけど、
学衆も。

わたしは去年の夏休みに図書館で借りてきて
読破した小西甚一の『日本文藝史』(講談社、全5巻)
の話をしようと思って、順番待ちをした。

(読んだ感想などについてはあたりの記事をご覧下さい)

本の話がパッと通じる相手って、編集学校みたいな
ところでもそうはいません。
ある程度の深さのことがわかるには、
かなりの範囲の本を読んでないといけないわけですから。

あれを超える日本の文芸史の本はなかなかないということ、
三島あたりで終わっているけどあの続きがどうなるか読みたいんですが、
ということ。
ドナルド・キーンが日本国籍を取ってこのさき永住する話。
キーンさんの日本文学史はまだ読んでないんですけど、
小西のとはまただいぶ違うんでしょうか、と訊くと
取り上げ方がだいぶ違うとのこと。

残念ながらそのへんでほかの人に話しかけられたので
終わってしまったのですが、手応えを感じて満足しました。

この次機会があったら、今度は神谷さんの話をしてみたい。

師範・師範代・ほかスタッフへの慰労顕彰のあと
(松岡さんからその人のために選んだ本や書を書いた色紙などが
贈られます)
立食パーティとなり、
最後の松岡さんの挨拶の〆は
「いろはにほへと」に節を付けて唄うというもの。

全員で写真を撮って(狭くて人数が多いので調整に手間取る)
お開きとなりました。

わたしは[破]のみなさんに挨拶したあと、
T師範にもう一回挨拶に行って帰途につきました。
(おわり)

松岡正剛さんの声のトーン(5)

Filed under: 編集学校・松岡正剛,読書,日記 — ぱぐ @ 9:16:06

初心者コースの[守]はともかく全部お題に答えて
添削もずいぶんやってもらったので愛着がある。

その時のK師範代は別用で欠席だったのだが、
T師範には挨拶した。
「いやーもうとっくに突破してるかと思った。
○○さんなら松丸本舗のブックショップエディターなんか
向いてそうだから、ぜひ」
と励まされたのであった。

今年度の仕事をどうするか考えた時に、
せっかくだから学校関係でしたいと思って
学校司書にも応募したのだが、残念ながらはねられてしまった。
友達には「いちばん合ってそう」と太鼓判を押されていたし
自分でも自信があったのですけどね。
前に某大きな本屋がやはり不合格だったのと似たような、
なにか第一志望に行けない運なんだろうか>わたし(^^;)

師範代に向いてると思う、とは感門之盟に
誘ってくれたH師範代にも言われた。
まあ先生志望でしたし、教えるのはきらいじゃないですからね。
しかし怒濤のメール受信発信はちょっとつらいかも(^^;)。

すぐに再々挑戦できませんが、
突破するコツを何人かに教えてもらったので(^^;)、
ともかくこれをクリアするのは楽しみにしておこう。
新しい道が開けるかもしれないから。
(6)につづく

松岡正剛さんの声のトーン(4)

最初の松岡さんの話は、震災のことを踏まえて
<平時と有事>について。
平時のルーティンをきちんとやっておけば、
ちょっとした変化に気がつくはず。
平時の中の有事を大切にすることで、有事に対応できるはずだ、
というようなことでした。

わたしはいま一定の時間に寝起きするようにしてるんですけど、
これも平時のルーティンでしょうね。
余震が続いていたり、原発事故の行く末が見通せない中で
とにかく自分のやれることをやるためには、
まず生活をきちんとすることだと思っていて、
それにはごく基本的な食べること寝ること
をきちんとやることから始めよう、と。

声のトーンを一定に保つためにもそういうことは
必要なんじゃないか。自分が安定してなくて
人に物なんか教えられないよな、と去年度の経験を
踏まえても思うのです。

松岡さんの話では
「日本海と太平洋をつなげるような考え方をしたい」
というのも印象に残りました。
(5)につづく

松岡正剛さんの声のトーン(3)

Filed under: テレビ,編集学校・松岡正剛,音楽,日記 — ぱぐ @ 9:15:20

参加者はぜんぶで250名くらいだったとのこと。
会場がすし詰め状態になるくらいの人数でした。
震災があって、なおさら行こう!と決意した人も
多かったもよう。福島・岩手・宮城からの参加者もいました。

最初に校長である松岡正剛(まつおかせいごう)さんから
話があった。千夜千冊は10年くらい前から愛読してきたし、
ネット稽古の最中も短いコメントをもらったことがあるし、
テレビ番組でも観たことがあるんだけれど、
生で観るとどうなんだろうというのが楽しみだった。

みんなの前で話をする時も、個人的に立ち話をする時も、
声のトーンが変わらない、一定して安定感のある声だなあ
というのがつよく印象に残りました。
高さはバリトンかな。聴いていてとても気持ちがいい。

最近ツイッターでの叫ぶような声(?)や罵倒に
辟易していたところだったので、安心できる声というのは
いいなあと思いました。

今年度また学校で仕事することになりましたので、
声のトーンということについて考えています。
内容よりもまず入れ物を調えること。
文章であれば言葉遣い。
意識していかないとなかなかできないと思うので、
松岡さんに接したことはいい参考になりました。
(4)につづく

松岡正剛さんの声のトーン(2)

「感門之盟」は一種の同窓会でもあるわけだけれど、
わたしは先に書いたような事情で初心者コースしか
終わってないので、知り合いが少ない。

1月末に終わったコースの人たちとは、
汁講(オフ会)に参加していなかったので、
初対面だった。
師範代の上に師範がいて、あとは生徒である学衆。
学衆8名中、突破(卒業)までこぎ着けたのは5名。
感門之盟参加者はわたしを入れて5名。

リアルな対面ではわりとおっとりした感じの人が多かった。
(3)につづく

松岡正剛さんの声のトーン(1)

昨日、恵比寿で行われたISIS編集学校
(以下、編集学校と書きます)の卒業記念イベント
「感門之盟(かんもんのめい)」に行ってきた。

わたしは初心者コース[守]は卒門にこぎ着けたものの、
応用コース[破]では2回も早々に沈没してしまった人間である。

2回も沈没するとかなりへこむのは当然だけれど、
1月末にそろそろ終わるころだよなあ、
挨拶だけでもしておこうと思ってネットにつないだところ、
先生であるH師範代が誘ってくれたので
行くことにしたという次第である。
(H師範代、背中を押していただきありがとうございます)

[守]のときは次の仕事が始まったばかりで休めず
感門之盟には行けなかったので、これが初参加。

ほんとうは3月13日に行われるはずだったのだが、
大震災がその二日前に起こってしまった。
会場の壁にひびが入ってしまったということで
急遽延期になったのである。
代替は5月くらいと聞いていたが、ほぼ1ヶ月遅れの開催。

3月の予定会場はシンポジウムを行うようなところだったそうだが、
今回のはZESTというレストラン。
木製の内装で、ステンドグラス?のシャンデリアなんかが
ぶら下がっているのである。
ディズニーランドの「カリブの海賊」の横にあるレストラン、
あれの電灯がもっと明るいのを想像していただくといいかもしれない。
(2)につづく

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