2011/3/21 月曜日

ときどきパソコン・ケータイ拒否症の余波

基本的にケータイが好きじゃなくて、
用事が終わってからすぐまた掛けてくるような人には
家の電話にお願いします、と言ってある。
(家の電話もなるべく一回で済ませてほしいんですけど)

今の仕事で言えば
授業中に掛かってきたら出られませんし、
目の前のことでいっぱいだったら
思いっきり不機嫌な応対になりかねない。

暇な人ってそのへんの想像力が足りないんですよね。

仕事のことで掛かってくるのは仕方がない。
派遣会社は基本的にケータイに掛けることにしているらしいから。

調子が悪いときの症状として
パソコン・ケータイ拒否症があります。

根っからのアナログ人間というのが
一番根っこにあるんでしょうが、
なんでなのか自分でもよくわかりません。

変に義理堅いから、すぐ返事できないことを
抱えるのがきつくなるのかなあ?

それで却ってひとさまに義理を欠くことになってるのだけど……

怒濤のメール攻勢もちょっときついな。
だから編集学校の応用コースに二回も挫折したのか??

うーむ、応用コースを通過してからの専門コース、
風韻講座(歌人小池純代さん主宰。定型詩と編集)
受けてみたいのが、
そもそもの動機だったのだけども……

このままでは同じことの繰り返し??

3回目を申しこむ余裕は当分ないけれど。

2011/3/20 日曜日

東北のお酒あれこれ

Filed under: 食べたり飲んだり,日記 — ぱぐ @ 6:12:44

今は外で外食しないし
わたしは呑まなくても一向に困らないが、
きのうは買物先の大きなスーパーで、
日本酒のコーナーを眺めた。

家人がいっとき、
日本酒と焼酎にあれこれ凝ったことがあって、
我孫子では行きつけの居酒屋があったし、
東村山に来てからもいろいろ調べて
行きつけの居酒屋を3軒ばかり作った。

みんな個人経営でおいしいものが食べられる店である。

ビールとか酎ハイで飲み続ける客と違って、
毎度毎度違う酒を頼んでいた家人は、
お店の人にとって印象に残る客だったらしい。

2人で呑みに行くと
酒は家人が二杯か三杯、
わたしは一杯しか呑めないから
一つを慎重に選んであとは家人のをすこしもらう。
品数は5,6品。
静かに呑んで
1時間弱で引き上げるわたしたちは
わりといい客だったのではないかと思う。

東北の酒で印象に残っているのを
ウィキペディアの銘柄一覧を見ながら挙げてみる。

*青森の田酒(でんしゅ。青森市)、
*宮城の浦霞(塩竃市。仙台旅行の際、蔵の横を通った)
*岩手のあさ開き(盛岡市)
*岩手の酔仙(陸前高田市。柏に醸造元が出している店がある)
*宮城の阿部勘(あべかん。塩竃市。塩竈神社の近く)
*宮城の墨廼江(すみのえ。石巻市)
*秋田の高清水(秋田市。たしかお燗向き)
*山形の初孫(酒田市)
*山形の出羽桜(天童市。家人はこれがいちばん好きだという)
*山形の樽平(東置賜郡川西町)
*福島の飛露喜(ひろき。会津若松市)
*福島の奥の松(二本松市)

けっこう挙がりましたね。
呑んでたんだなー。

今度呑む機会があったらどれか選んでみよう。

(追記:
東日本大震災の被災地の酒蔵の被災状況をリンクしておきます。
適時更新していくとのこと。)

2011/3/19 土曜日

珈琲店にて

Filed under: 食べたり飲んだり,読書,日記 — ぱぐ @ 6:44:08

今の勤務が終わる前に、
一度立ち寄ろうと思っていた
珈琲店に仕事の帰りに入る。

まっすぐ家に帰ると、
ついパソコンで情報を集めてしまうし、
あれこれやることもあるので、
いったん自分を落ち着かせるためにも。

木でできた建物で天井が高い。
炭火焼珈琲がいい香り。

ケータイがあんまり好きじゃなく
料金を抑えるためにも一番基本の機能
(メールと家人との電話、ときどきカメラ)
くらいしか使ってないのだけど、
おさらいのためにあれこれいじる。

あれですね、機能が多すぎ。わけわかんないです。

今のケータイに替える時、家人は
「君なんか、安心フォンでもいいんじゃないか」
と失礼なことを言ったが、さすがにそれはいやだ。

あと、今後の日程を頭に入れる。

それから手帖の後ろにメモしてある
「読みたい本」のリストを整理。
最近図書館にリクエストして借りることはなかったんですが、
おおそうだこれはリクエストだな、と思い出す。

お店では新人くんらしき若い男の子が、
経営者と思われる女性に叱咤激励を受けながら
お給仕をしていた。

わたしは団体職員として社会人になった時、
二週間に一回の会議の
お弁当や珈琲出しなどに動員されたのだけど、
お給仕系のアルバイトは全くやったことがなかったので、
珈琲を載せているお盆が危なっかしい、
と先輩たちに言われるわ、
出席者の一人である職場のエライ人も
横目で心配そうに見ていたのを思い出した。

がんばれ新人くん。
アルバイトはいろんなのをやっておくと
のちのち思わぬところで役に立ちます。

2011/3/18 金曜日

外出に持ち歩いたもの

Filed under: 読書,日記,散文・文章 — ぱぐ @ 6:39:28

17日は前からの予定で休みをもらった。

自転車であちこち動く。

免許は持っているけど
ペーパードライバーで通してきたわたしには、
移動手段としては自転車がいちばん慣れてる気がする。
今年度は自転車通勤でもあるし。

ちなみに今わが家に車はない。

予定より早めに着いたら読もうと思って
持って行ったのは、
塩野七生『男たちへ』(文春文庫)。

ジュンパ・ラヒリの小説にするかとも思ったけど、
塩野さんのきっぱりした文章が欲しかった感じで、
いい選択だった。

内容を忘れていたので、
ときどき心の中でくすくす笑いながら読めた。

緊張をほぐすのにもよかったかも。

2011/3/17 木曜日

計画停電を初めて体験する

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 6:36:28

学校は変わらず、通常通り。
むろん、余震があれば緊急放送が入って、
机の下にもぐる。

こどもたちがおしゃべりしていて
大事な放送を聞き逃しそうになったので、
担任の先生が別のところにいたこともあり、
思わず大きな声を出す。

まずは自分で自分の身を守る、という気持ちを
すこし大きくなったら子どもにも持ってもらいたい
と思う。

わたしはふだん大抜けな方だけれど、
家に帰れば一人のこともあるので、
さっとヘルメットをかぶるとか
用心はするようになった。

大地震の日に頼まれていた文書作りが
ようやっと仕上がる。
誰にも訊かず一人でテキスト頼りに
やったのでずいぶん時間が掛かったけど、
その分身に付いた気がする。

その他にも急に授業が入ったり、
急な頼まれものがあったりで
バタバタと片づけた日だった。

うちに帰ると夜の計画停電のグループだったので、
急いで夕飯を食べおふろに入り、
寝室で停電に備える。
夜7時前から9時前、2時間あまりの停電だった。

今日は前からの予定でお休みをもらった。
外出先には自転車で行くので、
早めに出るつもり。

(6:30ごろ記す)

2011/3/16 水曜日

節電しつつ、学校は通常通りに……

Filed under: ツイッター,日記 — ぱぐ @ 7:02:45

勤めている学校では引き続き、通常通りの体制。
節電しつつ、トイレ用に水を用意したりはしている。

わたしの職場での居場所はコンピュータの部屋。
授業がなければ一人で籠もって作業をする。

きのうも朝から作業の続き。もう少しで終わりそうだ。
テレビをずっと見ていて悲観的な見方になっている
人もあり。

情報って何も知らされなくて
不測の事態に直面すると困るけれど、
要らないことも頭に入ってしまうからなぁ。

ツイッターで情報集めるのも善し悪しだと思った。
だいたいパソコンに向かいすぎるとまた体によろしくない。
仕事でパソコンに向かうのは仕方ないけど、
家ではたいがいにするつもり。

仙台の従姉妹一家と近くに住む両親がどうしているか
いまだにわからず。
福島にも、夏の勉強で一緒だった人や、
郷里で勤務している大学の同級生がいる。

いまはとにかく無事を祈るのみ。

(6:30ごろ記す)

2011/3/14 月曜日

ヘルメットを横に置いて作業

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 17:31:37

14日月曜日の学校は通常通りにあった。

わたしは正規の職員じゃないので、
職員会議の出席は免除されているのだけど
(勤務開始時間より早いし)、
非常事態に備えて聞いておくべきこともあろうかと
早めに出勤した。
こういう時は自転車通勤だと時間通りに行ける。

地震が起こる前に頼まれた文書作成を続ける。
横にヘルメットを置き、床に運動靴を置いて。
作業する部屋には一人でいたので、心細かった。

文書作成は頼まれた時にやるので
もともとコンピュータが苦手なわたしは
思い出せるかあやぶんでいたのだけど、
作り方が一つわかって喜ぶ。
時間内には終わらなかったので、
またあす続きをやる。

家人は遅い時間に出勤したが、
早く帰っていいと言われて帰途に就いたら、
途中で電車が先に進まなくなったので、
また歩いて帰るとのこと。
いやはや、ご苦労なことだ。

家でできるんだったら、
切り替えさせてもらった方がいいのではないかと思う。

ともかく、当分は「いつもの」が通用しない状態だと
思って、臨機応変にやっていくしかないだろう。

(14日17:30記す)

2011/3/13 日曜日

小さな節電から

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 11:48:00

被災地のくわしい様子がわかるにつれ、
心を痛めています。

孤立している方々がはやく救出されますように。

自分が役に立てることってなんだろう。

節電すると役に立つというので、
12日は朝大量のごはんを炊き、塩むすびを作って
夜に備えました。
夕飯は早めに済ませ、早めに寝ました。

今日は掃除機を使わず、ほうきで掃除しました。
とりあえずできることはこんなところですが……

14日からは地域ごとに3時間ずつ停電という措置で、
現地に電気を回せるようにしていくそうですね。

月曜日は今のところ出勤予定です。
余震に注意しながらの授業、あるいは文書作成作業ということに
なるのかな。

次の仕事がどうなるかひとつ連絡待ちなのですが、
11日までに来るはずだったのが延期されたようなので、
14日に連絡を待って、来なかったらこちらから連絡するかな。

今日13日は編集学校のイベント「感門之盟」が
恵比寿で行われることになっていましたが、
延期の連絡が回ってきました。
準備に奔走された方々、お世話さまです。
今回は残念ですが、次回お逢いするのを楽しみにしています。

これから日常生活へのいろいろ影響もあるでしょうし、
まだ余震が続いているようです。
お気を付けて。

(11:30記す)

2011/3/12 土曜日

家人は昨日帰宅しました

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 7:49:54

一度メールを寄越したっきり、
ケータイもふつうの電話もつながらなくなってしまったので、
そのまま出発することにしたそうです。

11時半ごろ帰宅しました。
5時間歩いたので、足が痛いとぼやいていました。
「24時間マラソンやる人って信じられない……」
とのこと。

宮城のあたり、すごい状態になっていますね。
閉じこめられた方々、
津浪避難で高台に逃げた方々が
早く救出されることを願っています。

まだ余震が来ると思います。
お気を付けて。

2011/3/11 金曜日

地震お見舞い

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 22:07:03

地震に遭われた方々にお見舞い申しあげます。

地震が起きた14:45ごろ、
わたしは職場の学校の部屋で、ひとり頼まれものの打ち込みをしていました。

ほんの15分ばかり前の5時間目はこどもたちが来ていて、
担任の先生が別用で不在でした。
その時間だったらちょっとパニックにおちいったかも。
(今年度は一回、地震避難訓練したのですが)

部屋のまんなかで、やけにゆっくり長く揺れるなあ
と思いながら備え付けのヘルメットをかぶり、
しゃがみ込みました。

こどもたちは防災頭巾をかぶって校庭に避難し、
一度教室に戻ったところで
また大きな余震があったので、
ふたたび校庭に集合、一斉下校となりました。

いつもしっかりしている女の子が泣いていたので、
けっこうショックが大きかったようです。

担任の先生方は下校の子供たちについて行って、
戻ってきました。
テレビを観ながら交通情報を確認している最中に、
わたしは帰宅の途に就きました。

学校は耐震工事が完了していたので、
ぎしぎし揺れたものの、
校長室の置物が落ちたくらいで
特に被害はありませんでした。

わが家も特に被害はなくて済んだのですが、
現在家人が都内で仕事しているので、
連絡が取れずやきもきしております。

歩いて帰るにしろ、仕事先に留まるにしろ、
自分でなんとか工夫するでしょうから、
そのへんは心配していませんが、
どこにいるのか現在地を知らせてほしいと、
一報を待っているところです。

仙台市内に従姉妹とその両親が住んでいるので、
どうしているか案じています。

寒い時期です。
避難された方々、注意なさってください。

(22:30ごろ記す)

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