2010/4/21 水曜日

新聞記事の切り抜き

久しぶりにやってます。

前から、
(あ、このフレーズいただけるな)
と思ったら赤ペンを引いたり、

ノートの日記に写すということをやったり
(これは本が多かった)

していたんですが、
歳と共に、だんだんいろんなことをする範囲が限られてきました。

前の日に買ったものが何なのか、
冷蔵庫の中を見るまで忘れてるとか(笑)、
近々のことに関しては確実に忘却力が付いてきたようです(笑)。

ま、これで、やなこと忘れて、
毎日新鮮な気持ちで過ごせればいいのですけど。

新聞を読む日々という習慣がどうもなくなりそうなので、
惜しむ気持ちもあって、
切り抜きをまたやっています。
日付を書いて、
透明ファイルに突っ込んでおくだけですが。

書評なんかも、いつのものだったか忘れちゃうので
著者・書名・発行元の名前を手帳に書き込んでおくことにしていますが、
新聞記事はもっとわからない。
記者の記事は検索できても寄稿者のは
権利関係があるのかネットでは見られない
ことがあるので。

即ブログの記事になることは少ないんですが、
たとえばイギリスはいま総選挙が近くて
労働党は飽きられてるけど
保守党もあんまり支持が伸びていないようだ
(外報面のシリーズもの)
とか、

「表現の自由」について斉藤環(精神科医)
が書いたコラム(4月11日付<時代の風>)だとか、

銀閣寺の修理が終わった(4月12日付夕刊)とか。

そうそう、高村薫が取材の際、
メモは一切取らないという話がおもしろかった。
(4月14日毎日新聞朝刊「発信箱」社会部記者の記事)
同行記者はメモを取り、話したことを録音したのだそうですが、
ご本人は歩いてその土地の雰囲気を感じ取り、
あとで小説に仕立てたということです。

メモは取らない、というより取れないのだそうで。
授業中も板書を写せなかったというから、
先生のお話を聴くことに集中していたのでしょうか。

  私は同行の池袋でメモを取り、
  ICレコーダーを回し続けた。
  記録したことで安心し、
  その場で「感じること」を
  おろそかにしていたと気づく。

記者の記事の〆です。全文はこちらで。

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