2008/11/23 日曜日

「ピアノより俳句…」

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 7:39:07

調布の実家に行く。

父は70過ぎてから弱ってきて、今は足がふらつくようになった。母も持病を抱えているので、二人であちこちの病院に行っている。家だけではむずかしくなってきたので、特養に入る準備をすることにした。いま申請しても数年先とかいうことになるそうだが、まずは申し込まなければ何も始まらない。その書類書きの手伝い。

父がショートステイから帰ってくる前に、母としゃべる。幸い(?)機嫌が良かったので、人のワルクチを聴かなくて済んだ。しかしほとんど人のうわさ話に終始する。わたしが伝記に関心があるのは母のこの癖?をさんざん聴かされたことが大きかったりして(笑)。

幼稚園の時から二十歳過ぎまでピアノを習ったのだが、両親の趣味が高じて娘にやらせたいということで始まったものだったので、途中で激しい反抗期に至ってやめたい、だめだ、やっとけばためになるから、というような押し問答が続いた。やっと辞めることができた時はホッとし、しばらくはピアノという楽器がトラウマの元で、プロの演奏を聴くのもいやになったことがあった。今でも自分で弾こうという気にはあまりならない。

一つはバンドでキーボードを弾いている家人が容赦なくダメ出しをしそうだということ、もう一つは子どもの時から聴いていて耳だけは肥えているから自分のレベルが許せないだろうということ。弾くんならモーツァルトのソナタがいいな、あれなら習ってる時も好きだったしその後モーツァルト好きになってるわけだし、と思うだけは思っている。

そういう大反抗期があったので、父は「ピアノ習わすより俳句でも教えればよかったかな」と言っていたという。今回訊いてみたら自分で作ったことはあんまりないらしいけど。しかし枕草子を一緒に読んでくれた時もつっかえると怒鳴られたりしたので、ものになったかどうかは定かではありません。

考えてみると父が文学青年だったこと(国文科出て卒論は三好達治とか中原中也などの詩らしい)や本をやたらと読むことは知っていたけど、どんな文章を書くのかとか詩とか短歌とか俳句とかを作ったことがあるのかどうか、そういう実作については何にも知らないのだった。

あとから弟が来たので、4人で調布駅近くの日本料理屋に行ってコース料理をご馳走になった。父は体も頭も弱ってきているが、食欲は旺盛である。いつかも神戸屋レストランでがしがし食べたのでびっくりした。だいたい信州人は寒いところでがんばって生活するせいか長生きする人が多いのですよね。

母が好きな本を持って行っていいと言ったので、加賀乙彦『頭医者事始』(講談社文庫、1978)と『フランドルの冬』(新潮文庫、1972)をもらってきた。フランドル~の方は神谷美恵子が初めて書評を書いてくれて、それがその後の作家人生に大きく影響した、と加賀乙彦は『神谷美恵子の世界』(みすず書房、2004)所収の講演の中で語っている。

……

先日、面接場所間違いのハプニングがあった某コールセンターからお断りが来る。ホッとしたような(笑)、うわこれでたいへんだな、という気持ちと両方。連休明けに派遣会社に相談することになるだろう。選り好みは言ってられないが、体が悲鳴を上げないようにうまく決められれば幸い。

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