2008/11/16 日曜日

百人一首展@跡見女子学園大学

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 7:45:51

緊張する仕事が終わったので、すこし気が抜けたかもしれない。

午前中にネットの印刷屋に頼んだ年賀状と、アマゾンに頼んだあれこれ(竹内まりや「Expressions」、DVD「から騒ぎ」、ゲルマニウム温浴器、ぎんなん殻むきはさみ)が届く。
待望の給料日(14日)を前に13日にアマゾンに頼んだのだが、うっかりして「Expressions」を2枚頼んでしまった。うーん、だれかに譲ろうか。メールでもコメントでもかまいません、どなたかご連絡ください。通常盤です。1枚だけですので早めにどうぞ。
→追記:行き先決まりました(2008.11.23)

荷物が届いたところで、跡見女子学園大学の百人一首展を見にいく。
学内の2カ所で開催されていて、ゆっくり観て歩く。展示件数が多くないのでちょうどいい。
で、13時から講演会があるというので20分くらい前に会場をのぞいてみると、図書館の係の人と講演者の岩田秀行氏がいるだけだった。
「入ってもいいでしょうか?」
と訊くと、
「どうぞどうぞ」
と歓迎される。

講演は
(1)11月3日「文学史として読む百人一首」(神野藤昭夫氏)
(2)11月8日「百人一首―小倉色紙の謎」(松村雄二氏)
で、今回のが最終日で最後の講演。

神野藤先生の名前に聞き覚えがあったので調べてみると、わたしの在学中に講師で来ていた。ただ、講義は取ったかどうか覚えていない。
今でこそ、こんなえらそうに(笑)古典のことを書いていますが、わたしは大学在学中、図書館で居眠りばかりしていた、ろくでもない学生だったので、習った先生方が覚えているとしたらヘンな学生だったというところじゃないでしょうか。ほんとに申し訳ないのだけど。

講演の方は、江戸時代の人がどんなふうに百人一首を楽しんでいたか、というもので、江戸文学にはあんまり詳しくないので初めて聴くことが多く、楽しかった。聴衆は20人くらいかな。
ほかの講演もとても少ない聴衆だったらしい。わたしは直前に新聞の小さな告示で知ったので、神野藤先生の講演が聴けなくて残念だった。

なかでも落語の「千早振る」と同じ内容のことを、山東京伝(さんとうきょうでん、1761-1816、江戸後期の戯作者・浮世絵師)が『百人一首和歌初衣抄』(天明3=1783年)という注釈本のパロディの中に書いているのを知ってびっくりした。
岩田先生はどちらが先か言わなかったけれど、どうもその前に笑い話集に出てくるみたいですね。笑い話集を元に初代桂文治が作ったらしい。この人、同じく百人一首ものの落語「崇徳院」も作っているそうです。
「崇徳院」は母校の高三主催寄席でぜひ演じたかったもの。今でも参加しなかったのを悔やんでる、というのは前にも書いたと思います。何かの機会に落語を一席、ということになったらぜひこれをやりたい。志ん朝の録音をipodに入れてあります。

この注釈書パロディはよくできていて、作者の在原業平の系図も「○平」の名前の人を時平―金平(坂田金時<金太郎>の親族)―川越平(袴の種類(笑)で、川越平に実平(平家物語に出てくる頼朝の部下、土肥氏)、兼平(同じく平家物語に出てくる義仲の乳兄弟)、大平(注に「一名シッポコと云」「又コイツモバンクルワセダ」)の三兄弟がいて、大平の息子が業平というもの。

パロディが作られてそれを楽しむ読者がいた、また落語では珍解釈を披露するご隠居を笑うわけですから、元の百人一首がいかに親しまれていたかということですよね。

講演のあと、岩田先生が自分で持っている江戸時代の本を聴衆に見せてくれた。さわってもいいと言われたので、女性のための教養書を開いてみると、手紙の書き方とか各月の名前の異名、源氏香などにまじって、百人一首もあった。絵付きの文字本です。

そのあと、せっかくなのでご案内しましょうということで、岩田先生の解説付きで展示品を見て歩く。
カルタはポルトガルからもたらされたものなので(「カード」と同じ意味)、百人一首がカルタになったのは江戸時代に入ってから。

今回の展示の目玉の一つに、万里小路博房(までのこうじ・ひろふさ)という明治の公家さんが字を書いたきれいなカルタがあったのだが、これは跡見を作った跡見花渓(あとみ・かけい、画家・書家、教育者。女性)の養女になった人のおじいさんだそうです。手あかも付いていないほんとうにきれいなものなので、一種の嫁入り道具みたいなものだったのではないか、とのこと。

あとは縦約1m×1mもある大きな百人一首すごろく(真ん中からスタート、天智天皇で挙がり)とか、「小倉擬百人一首(おぐらなぞらえひゃくにんいっしゅ)」という、役者絵と百人一首の組み合わせ(水野忠邦の天保の改革のころで、役者絵が禁止されたためごまかすために種々の工夫あり)などがおもしろかった。モデルになっている役者が誰なのか見てすぐわかる人がいたので感心する。

所蔵品の一部が跡見のサイトのパイロット版で詳しく紹介されていますので、興味のある方はそちらをご覧になってください。

……
跡見の図書館で「女性の高等教育の黎明」@国立女性教育会館という展示があるのを知ったので、神谷美恵子関係で行ってみようかと思っている。
神谷さんは津田塾を出てアメリカに留学したあと、東京女子医学校(今の東京女子医大)に入ったのだが、創立者の吉岡弥生が校長をしていたので彼女の許可を得て編入学している。津田の入学時は津田梅子没後なので直接は知らないが、もちろんいろいろ話は聞いただろう。

今日の夕刊に神谷さんと親しかった近藤いね子(津田の英文学の先生だったひと)の訃報が出ていた。享年92歳。晩年の主要研究テーマだったバージニア・ウルフのことで情報のやりとりをしたり、ウルフの親族に逢いに行くよう勧めた人である。こっちの方も精神医学と並んでわたしにはお手上げの分野なのだけど、覚書として書いておく。

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