2008/1/16 水曜日

仲代達矢の「ドン・キホーテ」

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 23:10:07

11日は仕事最終日を終えて、同じ池袋の東京芸術劇場へ。無名塾公演「ドン・キホーテ」を観るため。Lさんもお誘いしてあった。

「ドン・キホーテ」に限らずスペインの文学ってよく知らないのだが、おもしろい国だとは思っています。ロバート・キャパの有名な写真の一つに「崩れ落ちる兵士」というのがあって、フランコ率いるファシスト政権と義勇兵の助けも得た市民派の戦いで、市民派の兵士が撃たれて倒れる瞬間を写したものです。

原作は読んだことないし、ミュージカルの「ラ・マンチャの男」も観たことがないので、まったく何も知らずに観たのですが、ああ、これは本の読み過ぎで騎士道かぶれになった男の話だっけ、と思う。舞台装置の一番最初は本の表紙で、そこから出入りするのでした。騎士道の本も読んでないのでパロディ振りがよくわからないんですが、痩せ馬の代わりに自転車、お供のサンチョ・パンサ(山谷初男)のロバは三輪車というのがよくできていて笑った。

仲代の発声のはっきりしていること、膨大なセリフがよく入っていることに感心する。生の舞台で仲代を観るのは「いのち棒にふろう物語」「セールスマンの死」に続いて3作目だと思うのだけど、<老躯に鞭打って>と案内文に書いてあったのは決して誇張ではなかろう。山谷初男だって仲代よりは年下だけど70代ですからね、彼もすごいと思いましたが。サンチョ・パンサは元は農民でお供にさせられちゃったという格好なので、周りの人との調整もしなくちゃいけないのだが、かわいい感じでした。

くたびれていたので途中から睡魔に勝てず、ブラックガムを噛みながら目をつぶってセリフだけ聴いていたんですが、終わってからカーテンコールで現れた仲代の身のこなしの軽々していることにLさんと感心する。Lさんはそこに何より感心したみたいなんですが(笑)、いやほんとに、父と同い年とは思えなかったな。すごい仲代。観て良かった。

無名塾の人たちは一人ニ役をこなした人もいたし、全員がいつも舞台にいる、という設定だったようで忙しい舞台裏だったのではと思いますが、楽しかった。

元になったのは荻内勝之というスペイン文学者が新しく訳したものだそうで、講談調あり浪曲や演歌もあるという読みやすいものだとか。機会があったら読んでみたいと思います。前後編合わせて4冊なのでかなり長い。

ミゲル・デ・セルバンテス著、荻内勝之訳、『新訳 ドン・キホーテ』全4巻セット
前編(上・下)後編(上・下)4冊セット/新潮社、2005年

帰国した同級生を囲む会

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 23:07:03

9日は帰りに、コロンビアから一時帰国中の同級生Oさんを囲む会があった。
前にこの会があったのは我孫子に住んでいたときでスーパーのシフト勤務中。仕事が終わってから2時間かかって宴たけなわのころに到着し、次の日のことを気にしながら帰った気がする。

今回は仕事帰りにすぐ行ったのでかなり早めに着く。ある同級生(今回参加せず)の実家が本屋なので久しぶりにそこへ。彼女のお母さんはいなかったが、せっかくなので塩野七生『ローマ人の物語』スペシャル・ガイドブック(新潮社出版企画部編、新潮社、2007)を買う。

『ローマ人の物語』は文庫化された「終わりの始まり」まで読み終わった。断続的に読んでいるので、だいぶ忘れちゃいましたが。神谷美恵子関連でキリスト教がローマ帝国に与えた影響を知りたいので、「キリスト教の勝利」あたりを早く文庫で読みたい。神谷さんは結核で軽井沢に引きこもっていたときに聖書の原語であるコイネー(当時のギリシア語)版を読んだということなので、そのへんを知らないと若いころの読書傾向とか考え方がわかりませんので。

同じ塩野七生の『神の代理人』(中公文庫)も読んでいる途中ですが、これはルネッサンスのころのローマ法王なので神谷さんとはあんまり関係ないかもしれないけど、キリスト教のことで読めるものはいちおうさらっておこうかな、という気持ちがあります。

大岡信『1900年前夜後朝譚 近代文芸豊かさの秘密』(岩波書店、1994)にも内村鑑三や岡倉天心が出てきたので、関心を持っているあたりとの符合にびっくりしました。日本の1900年前後というのは日清・日露の両戦争にはさまれ、日本の世界的な位置づけという意味でも、日本の社会の変わり目という意味でも、いろいろおもしろい時期だと思います。

で、囲む会ですが総勢12名。
学年主任の先生もお招きしてあったのだが、当日確認した人によると、すっかり忘れていたとかで、現れず。うーん。わたしの父も最近の記憶はかなりアヤシイので人ごとではありません。先生はずっと一人暮らしなのでみんな気にしてはいるのだが。

さすがに卒業以来という人はいなかったが、10年ぶりくらい?という人はいた。母校の卒業生は独自の匂い(?)がするらしく、あちこちで同窓生の輪が広がっているという話を聞いて、みんなで納得しながら大笑い。PTAの役員経験者が3人もいたのも笑える。黙ってられないらしい(笑)。わたしは子供がいないせいか、つきあいの範囲が狭くて我孫子でも東村山でも同窓生には出逢ったことはありません。

久しぶりの再会でもあったのでそれぞれ近況報告をしたのだけど、詳しいことは書かない方がいいか。アキレス腱を切ったことがある人と、アカラシアという食道の病気の経験者、わたしが引っ越し後に四十肩をやったこと、それに老眼の話が出たのは40代ならではですかね。手元を見るのに離して見る方が楽になったとか、針に糸を通すのに苦労したとか。

子供が中学に入った人もちらほらいますが、そうすると母校の特徴がよくわかるらしい。自由に子供にやらせるということがどれだけ大変なことか、と言った人がいた。
わたしはぜんぜん違うカラーの大学に行ったので二十歳前後でそのことをしみじみ感じましたね。同じ大学に行ったYさんも来たので久しぶりに再会したのだが、
「○○(名字の呼び捨て)って呼ぶと、みんなびっくりしたんだよね」
と言った。そうそう、わたしのあだ名は名字の呼び捨てだったので、大学では名前のちゃん付けになり、最初はとても違和感があった。自分じゃないような(笑)。

わいわい言いながら呑んでいる間に(わたしは用心深く焼酎のお湯割り一杯でやめておいた)、10時半過ぎになったのであわてて帰る。乗り継ぎがうまく行かなくて帰り着いたのは12時半過ぎになりました。

9日から11日までの仕事

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 23:03:59

今さらですが記録のために書いておきます。
ダウンした担当者は最終日11日の午後から現れましたが、電車に乗ったら気分が悪くなったということで声も小さめでした。毎日吐いていたそうです。原因不明ということでしたが、ノロウィルスではなかったらしい。

仕事の方は10日の午前中で打ち込みの方は終わり、あとはまた二人一組のチェックになりました。前とは違うコンビ。修正するまでもない、というのがけっこう入っていたのでわりとさくさく進む。

チェック係の分は一人いなかった分残ったようで、あとでやります、と言っていました。
最後の日はYさんとお昼を食べに行き、食後にコーヒーも飲む。香川の製粉会社がやっている讃岐うどんの店がおいしい、とほかの人に教えてもらっていたのでそこへ。夜に出かける予定があったので卵かけうどんの大にしたのだけど、小でもよかったくらい、食べごたえあり。トッピングやおにぎり・おいなりさんなどはべつに頼めるので、茄子と鶏肉の天ぷらを選びましたが、こちらもなかなか。Yさんが揚げ立てを待って頼んだ桜海老かき揚げが美味!

最終日の打ち上げは人数が集まらなかったのかお流れになったらしい。

##

最後に担当者から質問があって、

「またこの仕事があったらやりたいと思う人いますか?」

誰も手を挙げなかった(笑)。次にあれば今回の経験者に優先的に話が来るということだったがさてどうなるでしょう。

子年のペーパークラフト

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 23:02:35

へびぬまさんが送ってくれた子年のペーパークラフト へびぬまさんが送ってくれた子年のペーパークラフト、別角度から

今年もへびぬまさんから干支のペーパークラフトを送っていただきました。

ASAHIネットのパソコン通信の時の知り合いで今もおつきあいが続いているのはLさんとへびぬまさんだけになっちゃったなぁ。鏡像さんはお元気でしょうか?

パカッと開くとねずみが現れるのですが、どういう仕掛けなのか土台のところは真ん中だけでつながっています。毎回趣向が凝らしてあって、感心します。へびぬまさん、ありがとうございました。

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