2008/1/5 土曜日

「サウンド・オブ・ミュージック」

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 11:55:34

夜帰ってきて、BSで放映の「サウンド・オブ・ミュージック」を観る。録画しておいたのだが失敗して、結婚式の場面からでした。
このミュージカル映画は中1の音楽の時間に観た、わたしの人生初のミュージカルです。舞台がモーツァルトの故郷でもあるザルツブルグなので、ウィーンとザルツブルグとプラハはまとめて行ってみたいなあ……

「わたしのお気に入り My Favorite Things」はその中1の「ミュージック・フェスティバル」というクラスごとの合唱イベントの時に、クラスで歌っています。英語は習いたてだったから、担任のK先生(英語)に発音を教わりました。カタカナのふりがな付きの楽譜が手元にあります。

これはジャズのスタンダードナンバーでもあって、12月に聴いた伊藤君子の津軽弁のアルバムにも入っています。津軽弁でジャズアレンジの「My Favorite Things」!なかなか楽しい。

「エーデルワイス」はそらで歌えるんですが(あとそらで歌える外国語の曲はモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」=ラテン語)、一番好きなのはトラップ大佐とマリアの「何かいいこと Something Good」かな。あとは修道院長の「すべての山に登れ Climb Ev’ry Mountain」。

ウィキペディアに豆知識が載っていて、それによると原作のマリア・フォン・トラップが「自信を持って」の曲中に通行人として登場しているそうです。原作の『トラップ・ファミリー合唱団物語』も読んだことがありますが、そんなに面白くなかったな。原作とは違った設定がかなりあるそうです。

登場人物で好きなのは、マリア、クルト(末の男の子)、グレーテル(末の女の子)、修道院長でしょうか。

修道女のシスター・ソフィア役のマーニ・ニクソンが
「王様と私」のデボラ・カー
「ウェストサイド物語」のナタリー・ウッド
「マイ・フェア・レディ」のオードリー・ヘップバーン
の吹き替えをやっているというのは、昔買ったLP(たぶん実家にある)の解説で知っていました。

両親のところにお年始

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 11:52:14

きのうは朝、Wii Fit2回目をやってから、家人と一緒に調布のわたしの両親のところにお年始に行く。
考えてみたら結婚してからお年始にちゃんと行くのって初めてかもしれない。調布の両親はいつも正月は母の実家(荻窪)に行くので(今は母の姉が一人で住んでいる)、わたしも結婚するまではそっちに行っていたんですが、その後は家でだらだらした正月を過ごすことの方が多かったような……

家人が
「なんで急に行くことにしたの?」
と訊くので、
「だって、また母が突然来たりするとやだから、先にこっちから行く方がいいじゃない」
と答えた。家人はすぐなんでも忘れちゃうから、こどものころにもお年始は行ったことがないと言う。ほんとかね。

まだ地元の八坂神社に行ってないのだが、通りかかりついでに府中の大國魂神社にお詣りする。4日なので並ぶほどではありませんでしたが、やっぱり混んでいました。屋台も並んでいた。おみくじは並んでいたのでやめる。

お年始用に、文明堂の三笠山を持って行く。わたしはこれがこどものころから大好きで、どら焼きと言えば三笠山だと思っていた。この名前は百人一首の
天の原ふりさけみれは春日なる三笠の山に出でし月かも(阿倍仲麻呂)
から取られているというのも好きなところです。
父は酒を呑めなくなってからあんこを好んで食べるようになったそうで、三笠山はちょうどよかったらしい。

ところが、着いてチャイムを押しても出てこない。えーっ、買い物に行っちゃったわけ?まさか母が中で倒れてたりするんじゃないだろうな、と思ったが、わたしは実家の鍵を持ち歩かないから入ることはできない。しょうがないので「後日出直します」とメモを書いてドアのところに三笠山をぶら下げて帰りに着いた。

と、途中で家人のケータイに母から電話がかかってきて、買物に行ったら混んでいたので留守だったのだという。というわけで、もう一回戻りました。

父はデイサービスに行っていて、あとから帰ってきた。わたしは祖母が入院していた老人病院しか知らないのだけど、最近はグループホームとか訪問介護ステーションとか老人ホームとかいろいろありますね。

ちょっと顔を出して帰るつもりだったのだが、母がすき焼きの用意をしていたので、ごちそうになる。家人は人とおしゃべりするのが大の苦手で、結婚したときに披露宴はしなかったのであとで亡父の親戚のところに挨拶に回ったときも、わたしの方が親戚の人としゃべったりした。

まあしかし、わたしの母は人のうわさ話が好きなんだな、と思う。いったい何人の話題がのぼったことやら……あんまり悪口が出なかったのは正月らしくていいですけど。
父は最近のことはすぐ忘れちゃうらしくて、話を振ってもあんまり反応がはかばかしくありませんでした。父の実家が戦前まで桑畑をやっていて、蚕農家だったのは知らなかった。林檎と梨を作るようになったのは戦後からなんだって。

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