2008/1/21 月曜日

映画「その名にちなんで」

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 12:07:40

同級生の都合が合わなくて一緒に行けなかった映画「その名にちなんで」を20日にLさんと観る(日比谷のシャンテ・シネ)。

ジュンパ・ラヒリJhumpa Lahiriという作家をご存じでしょうか?
カルカッタ出身のベンガル人の両親の子としてロンドンに生まれ、幼少期にアメリカに移って育った女性です。年代はわたしより3つ上。

短編集『停電の夜に』(小川高義・訳、新潮文庫、1999)は旅先の駅前の本屋でさんざん迷ったあげく買った本で、瀬田の宿の小さなバスタブの中で感心しながら読んだことを思い出します。「停電の夜に」「セクシー」「三度目で最後の大陸」が好き。

『その名にちなんで』(小川高義・訳、新潮クレストブックス、2004→新潮文庫にも入りました)は初めての長編で、インドからアメリカに移ってきた両親の子供として生まれた男の子の話。名前はインド人としては異例の「ゴーゴリ」。ロシアの作家の名前、それも名字(笑)。これはお父さんにとっては自分の人生にかかわる大事な名前でした。親はインド人の感覚なのだが子供はアメリカ人の感覚で育って名前のことで悩み……

という話で、海外の文学も最近の小説もあまり読まないわたしとしては異例に気に入っている作家です。ほかに「考える人」(2007年春号、No.20、新潮社)という季刊誌の「特集 短編小説を読もう」に「一生に一度」という短編小説が同じ訳者の手で載っています。
今年は新しい短編集が出るそうなので楽しみ。

同級生は映画は一緒に観られないけど、小説は読み始めた、とこの間逢ったときに言っていた。どうだった、おいちゃん?
 

小説は良くできていたけど、映画の場合は生活のこまごましたところがわかるので、インドの食べ物とか街の様子などがわかるだろうという意味でも楽しみにしていた。
わたしはまず文字から入る方なので観たものも言葉にしたいわけですが、映画だと小説の中の会話は俳優という体を通してこちらに伝わるわけですね。肉体化されるというか。芝居もそうだけど。

わたしが抱いていたインドのイメージは
*仏教発祥の地
*今はコンピュータ関係の技師がたくさん出ているところ(数学に強い)
*カーストというのがあるところ
*子供の時に読んだ本に、「ギー」という食べ物?油?が出てきたことを覚えている
*俵万智がカルカッタへ旅行したあとにトークショーをやって行ったことがある
*北と南はたしか違う民族で文化も違った気がする

というような、昔と今がごっちゃになっておりまして(笑)、
ああ、あと、
*女の人がとてもきれい
というイメージもあったかな。彫りが深くて目が大きくて。

正直なところ、ベンガル人、といわれてもほかに何人があってその違いは何なの?と誰かに訊きたいところなのだが、そこから始めると何も書けなくなってしまうので、はしょります。

主人公は「ゴーゴリ」、しかし視点は(原作でもそうだが)、親の代のことから始まります。わたしで言えば父が信州の伊那の生まれで母が東京の中野杉並で育ったというような。この話の場合は地球を半周してたどり着く全く別の言葉、習慣、人種のいる国に移るわけですから、親の感覚と子供の感覚は相当違ってしまうわけですね。世代間の違いというよりその距離感が強く意識されていたような気がする。

ゴーゴリ君は初めての子供なので、特にそういうことを意識したのかなあという気がする。おまけに自分の名前は「ゴーゴリ」?外国の名字で、しかもゴーゴリという作家は幸せな一生を送ったのではないらしい、ということを高校の授業で知ってしまって、名前に嫌悪感を感じる。ということは自分に対しても嫌悪感を感じるし、そんな名前を付けた父親に対してもいい感情をもてないわけです。

お父さんは工学系の学者で、物静かな感じの人なので子供が名前を変えたい(正式名称もあとで決めたのだが4歳のゴーゴリ君は「ゴーゴリ」がいいと言ったのでゴーゴリになっていた)と言い出したときにも、特に何も言わなかった。

人の感覚というのは無意識の部分が大きいので、急な路線変更は必ずどこかに無理ができます。
ゴーゴリ君はいかにも典型的なアメリカ人のガールフレンドとつきあうのだけど(これにも無理してませんかねという感じがあった)、一転して彼女の気持ちを踏みにじるような態度を取ってしまい、今度は自分と同じような移民のベンガル人と結婚するのだけど、ああ、危ない、と観ていて(結末は知っているのだが)思った。もうちょっと良く自分を掘り下げてみないと、そんな衝動みたいなのはいけないよ。

作家のゴーゴリについては何にも知らないし本も読んだことがないのだが(『チェーホフ・ユモレスカ』も読み掛けだ)、知らなくても楽しめます。

映画公開、東京ではシャンテ・シネで2月1日(金)まで。

2008/1/19 土曜日

また検診へ

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 6:09:50

今度は子宮ガンの検診。どうも婦人科というところは苦手だ。まあ得意な人はいないでしょうが(^^;)。

我孫子にいるときに一度「子宮筋腫の疑い」という検診結果が出たのだが、引っ越し騒ぎなどでそのままにしておいたのが気になっていた。40過ぎると更年期に差し掛かってくるわけだし、もともと貧血気味なのが最近少し強くなってきた気がするので、受けに行ったのは正解。

悪いものはないだろうということだったが、ちっちゃいこぶがあるので取るのと、貧血気味の元をよく調べるということで、結果が郵送で来てからもう一度行くことになった。

その前に整骨院に行くと、自覚していたより背中に凝りがあると言われた(起きるときにはつらくなかった)。ここ何日か寒いので猫背気味になっていたかもしれない。ニンテンドーDSのやりすぎで異常に肩の凝った人がいたという。あれは手で持ってバンバンボタンを押すわけで、腕が常に中空にあるからそりゃ凝るだろうと思う。うちはないのでそちらの心配はない。

Wii Fitは仕事終了後は時間があるので一日に40分くらいやっている。割合としては1.ヨガ、2.バランスゲーム、3.有酸素運動、4.筋肉トレーニングの順番かな。体を温めようとヨガから始め、最後にジョギングで締めている。右側の筋肉が硬いと毎回教えてくれるが、こういうのは利き手と関係あるのかなあ。わたしはもともと左利きでお箸や鉛筆は右だが、無意識に左が出ます。

仕事のことは進展なし。時間の使い方をよく考えておかないと、神谷美恵子のことで調べながら書くという予定が進まない。書くことで収入を得るという発想は持ったことがない(好きなように書きたいので)。
 

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きのうの毎日新聞の夕刊、シリーズ「おちおち死んではいられない この国はどこへ行こうとしているのか」、文化服装学院の院長だった小池千枝という91歳の女性の言葉が身に沁みた。「日本は数字で滅びる」と言う。
「売れるものを作ろうとしてもダメ。結局それがファッションなんです。でも今の日本はビジネスばかり。とにかく売ることを考える。日本の男の服、特にスーツは絶望的よ。運動量がまるで考慮されていない」
リンクでは写真がありませんが、いい顔なんですよ、これが。自分のやってきたことに誇りを持って生きてきた人、ファッションの仕事をしてきた人ならではの華やかさと気品が感じられた。

2008/1/18 金曜日

マンモグラフィ初体験と面接

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 8:21:33

乳ガンの検診に行った。マンモグラフィというのは初体験。
えー男性読者もいらっしゃるので詳しいことは書きませんが、この間ある同級生が言っていた、「イタ気持ちいい」?という境地にはなりませんでしたが、なんだかおもしろい体験だった。触診の方は問題ないみたい。マンモグラフィの方は後日郵送で結果を知らせてもらいます。

もうひとつ子宮ガンの方もやらなくては……

次の仕事のことで連絡が来て急遽先方と面接することになり、検診から帰ってきてからスーツで出かける。考えてみると冬用のスーツは黄土色っぽい格子模様で襟が別珍なのしかなく、それを面接に来ていくのはおかしいので、スリーシーズン向きのペールグリーンを着て出かける。ブルックスブラザースのブレザーは上着だけ買ったので揃いじゃないのです。一つ冬向きのを買うかなぁ?

薄いスーツでスカートが短いので上に長いウールコートを羽織りましたが、寒いの何の。面接は30分くらい話したのかな。結局先方から見合わせたいということだったので、また別のを探さなくては。

何回やっても面接というのは慣れません。すらすらアピールできるような性格じゃないし、書くのと違ってその場で受け答えするのは大変不得手。大勢の前で話をするのも苦手ですね。コールセンターなんて一番向かない気がする。

この間の同級生を囲む会では校正の仕事をやっている人が二人来ていて、うらやましかったのだが、なんとかできるようにならないかなぁ。学者になるような体系的な読書はしていませんが、雑学ならちょっと自信があるぞ。調べるのは大好きだし。

2008/1/17 木曜日

しまった!

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 9:17:53

きのう歌会始を中継で観るのを忘れた。
朝刊を読みながらテレビ欄で観ようと思うものを蛍光ペンで○することにしているのですが、だいたい付けるのは夜の番組なので朝のところを見逃した~。パソコンでリマインダに入れとくんだった。

中継で観るのがいいというのは、画面では歌が紹介されますが、朗詠されるものなので耳から聴いてどうか、と言うことを確認したいからなのですね。きのうの夕刊には入選歌が載っていましたが、黙読するのと、口に出して読んでみるのと、耳で聴くだけでは受け取り方がそれぞれ違うだろうと思います。

夕刊に載ったものを今ぶつぶつと口に出して読んでみましたが、これはと思える歌はありませんでした。「火」というお題(この字が入っていれば熟語などでもOK)が歌にしにくかったのかな。もっとイメージの広がりやすい、たとえば「初恋」なんてのにすればいいのに。

人のにいろいろ言ったあとに、自分のを掲げるのは不出来なので気が進みませんが、いちおう載せておきましょう。

  君からの文たづさへて旅立たむ火の出るやうな文たづさへて

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来年のお題は「生(せい)」。「生」の字を使ってあれば、「一生」「生きる」などでもOKです。「火」よりは幅があるかなあ。

一人一首、未発表のものに限る。
半紙に毛筆で自筆が基本(点字での応募可能、また海外からは用紙や筆記用具は自由)。半紙を横長にして右半分にお題と歌、左半分に郵便番号、住所、電話番号、氏名(ふりがな付き)、生年月日、職業を書く。
病気などで代筆の場合は、理由と代筆者の住所氏名を別紙に記入して添える。
宛先は以下の通り。
〒100-8111 宮内庁
封筒に「詠進歌」と書き添える。
締切は9月30日、消印有効。

詳しくは宮内庁のサイトをご覧ください。今年の分の一覧(天皇皇后陛下と皇太子ご夫妻の歌には英訳、皇族方の歌には解説付き)も載っています。

2008/1/16 水曜日

仲代達矢の「ドン・キホーテ」

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 23:10:07

11日は仕事最終日を終えて、同じ池袋の東京芸術劇場へ。無名塾公演「ドン・キホーテ」を観るため。Lさんもお誘いしてあった。

「ドン・キホーテ」に限らずスペインの文学ってよく知らないのだが、おもしろい国だとは思っています。ロバート・キャパの有名な写真の一つに「崩れ落ちる兵士」というのがあって、フランコ率いるファシスト政権と義勇兵の助けも得た市民派の戦いで、市民派の兵士が撃たれて倒れる瞬間を写したものです。

原作は読んだことないし、ミュージカルの「ラ・マンチャの男」も観たことがないので、まったく何も知らずに観たのですが、ああ、これは本の読み過ぎで騎士道かぶれになった男の話だっけ、と思う。舞台装置の一番最初は本の表紙で、そこから出入りするのでした。騎士道の本も読んでないのでパロディ振りがよくわからないんですが、痩せ馬の代わりに自転車、お供のサンチョ・パンサ(山谷初男)のロバは三輪車というのがよくできていて笑った。

仲代の発声のはっきりしていること、膨大なセリフがよく入っていることに感心する。生の舞台で仲代を観るのは「いのち棒にふろう物語」「セールスマンの死」に続いて3作目だと思うのだけど、<老躯に鞭打って>と案内文に書いてあったのは決して誇張ではなかろう。山谷初男だって仲代よりは年下だけど70代ですからね、彼もすごいと思いましたが。サンチョ・パンサは元は農民でお供にさせられちゃったという格好なので、周りの人との調整もしなくちゃいけないのだが、かわいい感じでした。

くたびれていたので途中から睡魔に勝てず、ブラックガムを噛みながら目をつぶってセリフだけ聴いていたんですが、終わってからカーテンコールで現れた仲代の身のこなしの軽々していることにLさんと感心する。Lさんはそこに何より感心したみたいなんですが(笑)、いやほんとに、父と同い年とは思えなかったな。すごい仲代。観て良かった。

無名塾の人たちは一人ニ役をこなした人もいたし、全員がいつも舞台にいる、という設定だったようで忙しい舞台裏だったのではと思いますが、楽しかった。

元になったのは荻内勝之というスペイン文学者が新しく訳したものだそうで、講談調あり浪曲や演歌もあるという読みやすいものだとか。機会があったら読んでみたいと思います。前後編合わせて4冊なのでかなり長い。

ミゲル・デ・セルバンテス著、荻内勝之訳、『新訳 ドン・キホーテ』全4巻セット
前編(上・下)後編(上・下)4冊セット/新潮社、2005年

帰国した同級生を囲む会

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 23:07:03

9日は帰りに、コロンビアから一時帰国中の同級生Oさんを囲む会があった。
前にこの会があったのは我孫子に住んでいたときでスーパーのシフト勤務中。仕事が終わってから2時間かかって宴たけなわのころに到着し、次の日のことを気にしながら帰った気がする。

今回は仕事帰りにすぐ行ったのでかなり早めに着く。ある同級生(今回参加せず)の実家が本屋なので久しぶりにそこへ。彼女のお母さんはいなかったが、せっかくなので塩野七生『ローマ人の物語』スペシャル・ガイドブック(新潮社出版企画部編、新潮社、2007)を買う。

『ローマ人の物語』は文庫化された「終わりの始まり」まで読み終わった。断続的に読んでいるので、だいぶ忘れちゃいましたが。神谷美恵子関連でキリスト教がローマ帝国に与えた影響を知りたいので、「キリスト教の勝利」あたりを早く文庫で読みたい。神谷さんは結核で軽井沢に引きこもっていたときに聖書の原語であるコイネー(当時のギリシア語)版を読んだということなので、そのへんを知らないと若いころの読書傾向とか考え方がわかりませんので。

同じ塩野七生の『神の代理人』(中公文庫)も読んでいる途中ですが、これはルネッサンスのころのローマ法王なので神谷さんとはあんまり関係ないかもしれないけど、キリスト教のことで読めるものはいちおうさらっておこうかな、という気持ちがあります。

大岡信『1900年前夜後朝譚 近代文芸豊かさの秘密』(岩波書店、1994)にも内村鑑三や岡倉天心が出てきたので、関心を持っているあたりとの符合にびっくりしました。日本の1900年前後というのは日清・日露の両戦争にはさまれ、日本の世界的な位置づけという意味でも、日本の社会の変わり目という意味でも、いろいろおもしろい時期だと思います。

で、囲む会ですが総勢12名。
学年主任の先生もお招きしてあったのだが、当日確認した人によると、すっかり忘れていたとかで、現れず。うーん。わたしの父も最近の記憶はかなりアヤシイので人ごとではありません。先生はずっと一人暮らしなのでみんな気にしてはいるのだが。

さすがに卒業以来という人はいなかったが、10年ぶりくらい?という人はいた。母校の卒業生は独自の匂い(?)がするらしく、あちこちで同窓生の輪が広がっているという話を聞いて、みんなで納得しながら大笑い。PTAの役員経験者が3人もいたのも笑える。黙ってられないらしい(笑)。わたしは子供がいないせいか、つきあいの範囲が狭くて我孫子でも東村山でも同窓生には出逢ったことはありません。

久しぶりの再会でもあったのでそれぞれ近況報告をしたのだけど、詳しいことは書かない方がいいか。アキレス腱を切ったことがある人と、アカラシアという食道の病気の経験者、わたしが引っ越し後に四十肩をやったこと、それに老眼の話が出たのは40代ならではですかね。手元を見るのに離して見る方が楽になったとか、針に糸を通すのに苦労したとか。

子供が中学に入った人もちらほらいますが、そうすると母校の特徴がよくわかるらしい。自由に子供にやらせるということがどれだけ大変なことか、と言った人がいた。
わたしはぜんぜん違うカラーの大学に行ったので二十歳前後でそのことをしみじみ感じましたね。同じ大学に行ったYさんも来たので久しぶりに再会したのだが、
「○○(名字の呼び捨て)って呼ぶと、みんなびっくりしたんだよね」
と言った。そうそう、わたしのあだ名は名字の呼び捨てだったので、大学では名前のちゃん付けになり、最初はとても違和感があった。自分じゃないような(笑)。

わいわい言いながら呑んでいる間に(わたしは用心深く焼酎のお湯割り一杯でやめておいた)、10時半過ぎになったのであわてて帰る。乗り継ぎがうまく行かなくて帰り着いたのは12時半過ぎになりました。

9日から11日までの仕事

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 23:03:59

今さらですが記録のために書いておきます。
ダウンした担当者は最終日11日の午後から現れましたが、電車に乗ったら気分が悪くなったということで声も小さめでした。毎日吐いていたそうです。原因不明ということでしたが、ノロウィルスではなかったらしい。

仕事の方は10日の午前中で打ち込みの方は終わり、あとはまた二人一組のチェックになりました。前とは違うコンビ。修正するまでもない、というのがけっこう入っていたのでわりとさくさく進む。

チェック係の分は一人いなかった分残ったようで、あとでやります、と言っていました。
最後の日はYさんとお昼を食べに行き、食後にコーヒーも飲む。香川の製粉会社がやっている讃岐うどんの店がおいしい、とほかの人に教えてもらっていたのでそこへ。夜に出かける予定があったので卵かけうどんの大にしたのだけど、小でもよかったくらい、食べごたえあり。トッピングやおにぎり・おいなりさんなどはべつに頼めるので、茄子と鶏肉の天ぷらを選びましたが、こちらもなかなか。Yさんが揚げ立てを待って頼んだ桜海老かき揚げが美味!

最終日の打ち上げは人数が集まらなかったのかお流れになったらしい。

##

最後に担当者から質問があって、

「またこの仕事があったらやりたいと思う人いますか?」

誰も手を挙げなかった(笑)。次にあれば今回の経験者に優先的に話が来るということだったがさてどうなるでしょう。

子年のペーパークラフト

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 23:02:35

へびぬまさんが送ってくれた子年のペーパークラフト へびぬまさんが送ってくれた子年のペーパークラフト、別角度から

今年もへびぬまさんから干支のペーパークラフトを送っていただきました。

ASAHIネットのパソコン通信の時の知り合いで今もおつきあいが続いているのはLさんとへびぬまさんだけになっちゃったなぁ。鏡像さんはお元気でしょうか?

パカッと開くとねずみが現れるのですが、どういう仕掛けなのか土台のところは真ん中だけでつながっています。毎回趣向が凝らしてあって、感心します。へびぬまさん、ありがとうございました。

2008/1/15 火曜日

整骨院行き、Wii Fitその後

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 22:39:50

連休明けでやっと整骨院に行く。
Wii Fitで背中のスジを痛めたらしい、と言うと担当の人に受けてしまった。あちこちがパキパキ鳴ったとのこと。前に右の四十肩を痛めたこともあるし、仕事で上半身に疲れが溜まっていたのかもしれない。
今度からWii Fitする前には準備体操をしっかりやることにしよう。

wii-board.jpg 

Wii Fitですが、1月3日から始めて、今のところ毎日続いています。仕事をしているときは夕飯を食べてからお風呂に入る前にあわただしくやっていたのでゆっくりできませんでしたが、今は昼間にゆっくり30分以上できています。

気に入っているのは、ヨガの腹式呼吸と英雄のポーズと犬のポーズ、有酸素運動のジョギングと踏み台リズム、バランスゲームの座禅、コロコロ玉入れ、スキージャンプ。

座禅というのは台(体重計の少し横に広いものを想像してください)に足を組んで座ります。ろうそくの火が揺れないように180秒(3分)できればチャンピオン級、途中でお坊さん(?)が見回りにやってきて、揺れが激しいようだと「喝!」という掛け声と共に強制的に終了となってしまう、というものです。

ちなみに背中を痛めたのは、ヨガの「ヤシの木のポーズ」。後ろに腕を反らすときにやりすぎたようです。

筋トレというのもありますが、腕立て伏せがほとんどカウントされなかったのに懲りて、ほとんどやっていません。

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というわけで、ブログ再開しました。
今日はここでおしまいにしますが、9日からのことはあしたから書くつもりです。

2008/1/13 日曜日

背中を痛めました

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 8:47:51

11日で仕事が終わってほっとしています。
だらだらな日常が嬉しい。よほどわたしはだらだらしているのが好きらしい。

休み中に仕上げるつもりだった書きものには取りかかっています。

ところがきのうWii Fitのヨガで背中を反らしたときにスジを痛めたようで、猫背になってきました。あいにく連休なので火曜の朝、整骨院に行こうと思っていますが、だんだん痛くなってきて困った~。

引っ越し直後の四十肩といい、この背中といい、体の方は確実に年を取っているということでしょうか。

というわけで、9日以降のことを書くのはもう少し後になりそうです。

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