2007/12/3 月曜日

上原ひろみ@ブルーノート

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 22:05:26

わたしの書いたライブレポートがブルーノートのサイトに掲載されました。

よかったらご覧ください。

ほかの人のを読むと、あの初日のセカンドステージは特に盛り上がったようですね。

おばあちゃん子同士

Filed under: 散文・文章 — ぱぐ @ 6:58:59

家人と話していて、お互いにおばあちゃん子だったことがわかった。

わたしの母方の祖母は1900(明治33)年生まれ、80過ぎで亡くなった。前にも書いたが福島県喜多方郊外の農家出身で、東京に出てきてそこで亡くなった。関東大震災(1923年)に遭ったと言っていたから20歳くらいの時にはもう東京にいたんでしょう。祖父はわたしが生まれる前に死んじゃってるので写真しか知りません。

母は何度も書いているように過激な人ですぐ感情を露わにするから迷惑だったのだが、おばあちゃんは昔の人らしく何事もがまん、遠慮というところがあった。晩年体の調子が悪くなって調布の家に来ていたのだが、娘の家でもとても遠慮していたので、わたしは不思議に思っていました。おばあちゃんは足が悪かったのでベッドを使ってもらい、わたしは隣で床に寝ていたのだけど、ある朝、脳溢血を起こしてそれからはずっと病院暮らしになりました。

母はよくわたしと弟を連れて荻窪にある自分の実家に連れて行ったので、おばあちゃんにはわりとかわいがられた方だと思う、2人とも。
で、自分が好きなものをよく考えてみると、けっこうおばあちゃん譲りというのがあるんですよね。相撲とか最近は観ないけど「のど自慢」とか。NHKの第一放送(AM)も聴いている。日曜の「歌謡散歩」とか「日曜喫茶室」(FM)、平日の「わくわくラジオ」「ラジオほっとタイム」「ラジオ深夜便」など。前に「昼のいこい」の話をしたらLさんが驚いていたが。
おばあちゃんはお寿司ではかんぴょう巻と卵焼きが好きだった。若いころは豊かな生活なんかできなかったからだろうな、と思わせる好みですね。

病気で膝が曲げられなかったので外出の時は杖が必須、階段は使えませんでした。家の中では籐いすを使っていて、足を伸ばせるようになっているのがおもしろくてよく遊んだ。ふとんだと寝られませんから、あの年代の人にしてはめずらしくかなり早いうちからベッドを使っていました。

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家人の母方の祖父母は山口県出身。家人に子供のころのことを訊くと、やけにおばあちゃんの話が出てくるのでおもしろいと思ったのだが、お父さんは一歳の誕生日直後に肝炎で急逝し、お母さんは学校の先生で忙しかったから、小さいころはおじいちゃんおばあちゃんと過ごす時間が一番長かったみたいだ。

おじいさんはアロエを使ったりする健康オタクだったという(笑)。家人が110キロあった体重を減らしたときに、栄養表を見ながら自分でメニューを考えて作ったりジムで筋トレやったりしたのはこのおじいさんの血かな(笑)。「今日はこれだけ減った」とか毎日言っていて、誰もが予想しなかった減量(10ヶ月くらいで50キロ減)を実践しちゃったわけです。その後も大きなリバウンドはしていない。貴乃花のストイックなところが好きだという。

おばあちゃんの作ってくれた物で一番好きだったのは、「卵のまぜまぜ」とかいうもので、溶き卵に醤油とみりん(?)を垂らしたのを小鍋で温めながら菜箸で手早くかき混ぜるものだとか。一回作ってもらったが簡単でなかなかおいしかったのでレパートリーにもらってもいいな。

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