「吉原手引草」を読む
きのうは帰りに銀座に出て、博品館劇場で<「吉原手引草」を読む>という朗読舞台を観て(聴いて)きた。
『吉原手引草』(幻冬舎)は今年の直木賞受賞作で、作者は松井今朝子(まつい・けさこ)。松竹で舞台の仕事を長くやっていたそうで、そのあとは「ぴあ」で演劇担当。退職後は武智鉄二に師事して歌舞伎の研究と芝居書きをしていたという。そのあと小説の方に移った。
わたしはたまたま今年の直木賞受賞発表が載った「オール讀物」(文藝春秋)を買った。お目当ては丸谷才一と平岩弓枝だったのだが、『吉原手引草』の抄録や受賞記がおもしろかったので、ブログを探して読むことに。最近はプロでもおもしろくて読み応えのある文章にはなかなかお目にかからないから、貴重で愛読してます。
実はまだ肝心の『吉原手引草』を読み切っていなくて、舞台の前に買って移動の電車の中で読んだのだが、最後がどういう締めくくりなのか知らないまま聴くことになった。
この作品は全編一人語りでできている。葛城(かつらぎ)という花魁(おいらん、吉原で一番格の高い遊女)のことをある男が聴きに行くという筋なのだが、男の素性は隠されたまま、話をする相手が変わっていく、という趣向。会話形式ではありません。語り手は17名。遊女をあっせんする茶屋のおかみから始まって、男女いろいろ、年齢もいろいろ、というわけで、語り口にかなりの工夫があるんだと思う。
江戸時代の文学にはあんまり詳しくないんですけど、遊里抜きでは成り立たない。歌舞伎にも「助六」なんていう、花魁揚巻(あげまき)を愛人にしている江戸のいい男を代表にした演目は吉原が舞台ですよね。衣装だけ江戸東京博物館で見たけど、えらく奇抜な色の派手好みでした。
野暮の極致みたいなわたし(笑)が紹介すると、伝わりにくいかもしれませんが、『吉原手引草』はおもしろいですよ。吉原って何?という好奇心にも答えてくれるし、小説としての構成もしっかりしてるし、最後に事情が読めてからもう一度読み直すと、ははあここがこうなってたんだなと読めるので一粒で何度もおいしい(笑)。
肝心の舞台ですが、出演は三林京子と立川談春。三林京子は「桂すずめ」という高座名で落語もやってるんですね、知らなかった。お父さんと弟、甥が文楽の人形遣いだという。関西出身だそうで、だから江戸の言葉が大変だと終わったあとに言ってたのか。談春はいうまでもなく落語家です。
構成と演出は作者でもある松井今朝子。舞台の裏方を長くやっていたのだから、お手の物でしょう。
右側に「葛城」と書かれた提灯。これは吉原の花魁道中に使われた花魁提灯というものだそうで、中村京蔵という歌舞伎俳優が直木賞のお祝いとして作者に贈ってくれたものだとブログにありました。後ろの方に座ったのでよく見えなかったんだよなあ。帰りに前に行って見てくればよかった。
語るのは8名分。三林が男をやったり談春が女をやるのもありました。全部交替で出てくるのではなく続けてやるのもあり。落語だと登場人物全員を一人でやらなきゃいけないから、談春の方が慣れてて有利だったかな(笑)。
途中で仕事の疲れからか目をつぶって聴く方が楽になってきて、耳だけダンボにして聴いていましたが、おもしろかった。実際に人の口から語られると具体的に人物像が浮かび上がってきますね。
帰り際、ロビーに作者の松井さんがいたので、本にサインをもらう。先日ブログのコメントで上海蟹の食べ方についてお訊きした者です、というとわかってもらえたのかどうか、「ぜひ挑戦してみてください」と言われた。亀好きで飼っているそうだが、胸に金の亀ブローチが光っていました。思ったより小柄だった。