2007/11/18 日曜日

久しぶりの休日と読んだ本の補足

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 8:03:05

土曜日は起き抜けに洗濯をし、久しぶりにだらだらと朝ご飯を食べ(9時台になっていた)、溜まった新聞を読む。仕事を始めてから新聞を読む時間が取れないのが痛いですね。夕刊にささっと目を通す程度かな。文化面を見たいので夕刊も取っている。

朝は弁当用のおにぎり作って朝ご飯食べて、前日に書いたブログをアップ、時間があれば洗濯する程度。夕飯の準備はムリ。だから帰り道に「今日は何が作れるかなあ」と考えるんだが、レパートリーが少ないし、家人は待ってるので時間のかかる物はNG。金曜は豚バラのかたまり肉がソフト冷蔵(包丁で切れる)になっていたので、ポークシチューにしましたが、8時になってしまってわたしも腹ぺこ。週末だからいいけど、こんなの週の途中じゃできないな。

家事の中ではごはんを作るのが一番苦手です。好きなのはアイロン掛け。綿のシャツが好きでカフスボタンが付けられるように、わざわざオーダーで何枚か作りましたが、今は1枚しか残っていません。襟替えしてもらえばよかったんだよね、失敗した。

このあいだマッコイ・タイナーをブルーノートで聴いたときに持って行った本がおもしろいので書いておきましょう。
立川昭二『病の人間史 明治大正昭和』(文春文庫)
著者は1927年生まれというから今年80歳か。北里大学の先生だった人で、文化史・生活史から病気と医療を探る本を何冊か書いているみたいです。
取り上げられたのは樋口一葉、中江兆民、正岡子規、乃木希典、夏目漱石、松井須磨子、野口英世、竹久夢二、宮沢賢治、斎藤茂吉の10人。
いずれも教科書にも載っているような有名人ばかりですが、著名人というよりも一人の病に苦しむ人間としての側面を追求しているのが独自の視点で、医師ならではじゃないかと思った。

漱石が体の不調のことをやたらと日記にも小説にも書いているのに対し、宮沢賢治にはほとんどそういう記述がない、というのがなるほどねえと思いました。神谷美恵子は一時期宮沢賢治に傾倒していた時期があって日記に頻出するのだが、考えてみると彼女もあまり体の不調の細かいところは書いていないのだった。東大精神科医局にいたころ、顔の左右どっちだったかに違和感があると悩んでいたというのは、西丸四方が思い出話の中に書いておいてくれなければわからなかったことかもしれない。

昭和10年代のジャーナリズム年表を作っていて思ったのは、このころって思想状況がてんでばらばらでいろんなことが主張されてますよね。一つの考えでみんな整理できると考える傾向が右翼も左翼も軍部もあったと思うんだけど、それって人間の体でいうと精神が体全体を統御できるというようなことにならないかしら。よく考えてみるとそんなことはありませんよね。精神も体の状態の一つに過ぎない。だから熱が出たりすると精神の方もうまく働きません。

話が飛ぶようですが、村上春樹が走ることで体を鍛え、書くための生活を作ってきたというのは、まず体あっての作家活動であるということを意識してきたからじゃないでしょうか。
わたしが書くものはアマチュアの感想程度に過ぎませんが、でもほんとに深くいろいろ考えるためには疲れているとだめですね。40過ぎて体力の落ち目を感じるせいか、「ほんとに頭が働いてものが書けるのはせいぜいあと20年くらいだろうな」と最近は思っている。

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