2007/11/3 土曜日

漱石展と後藤新平フェスティバル(3)

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 15:31:03

第2部はこの日のために作った「映像で見る後藤新平」から始まった。静岡牧ノ原の茶畑を視察する姿の映像や、信州木崎湖夏期大学という後藤も発足に協力した学生や社会人のためのカルチャー教室の様子。木造の建物で畳敷きに座って講義を聴くのである。信州は夏は涼しいし勉強には熱心な土地柄だから合っているのではないかな。合間に木崎湖で遊ぶというのも良さそう。

次にシンポジウム「今、日本をどう立て直すのか―後藤新平から学ぶ」。出席者は佐藤優(外務省元主任分析官、例の鈴木宗男関連で捕まった人と言えばわかるかな)、小倉和夫(外交官。元フランス・韓国駐在大使)、大宅映子(評論家)、塩川正十郎(元財務大臣。塩爺ですな)、粕屋一希(元「中央公論」編集長、「東京人」創刊時の編集長。現在は作家)。司会はさきほどの講演にも出た橋本五郎。

佐藤が今ジャーナリズムで売れっ子なのは知っていたけど、なるほど頭が切れて言うことがいちいちおもしろい。この人はロシアで情報収集活動をしていたのだが、「ロシアにかかわる人は<先生>と見るか<敵>と見るか、極端になっちゃうんです」と言った。そうねえ、日本人とはぜんぜん考え方が違うらしくて亡くなった米原万里はそのへんをおもしろく教えてくれたものだが。

今の日本の現状に対して悲憤慷慨が多くて、立て直すと言っても容易じゃないわなぁという雰囲気が強く流れた。まずは教育からと言っても尊敬されない先生が多いとか、テレビってのはおもしろいことしか取り上げないから「一億総白痴化」ではなく既に「一億総白痴」になってるんじゃないか(大宅映子が自分の父親=大宅壮一のことばに注釈を加えた)、まあとりとめがなかったな。結論らしい物は出ませんでした。

後藤新平流にやるとすれば、よく調べて、対策を考えて実行するということに尽きるでしょうね。今の日本の現状、たとえばなぜ毎年3万人も自殺者が出ているのか、精神医学的に、あるいは社会学的な視点から、経済的な視点から考えてみる。そしてそれに対して対策を考え、実行する。
あと誰かが言っていたが明治初頭の日本の人口は4千万。それが150年くらいの間に1億2千万でしょう。さして広くない土地には多すぎるんじゃないの?いまどんどん人口が減ってると大騒ぎしているけど、わたしは適正規模に向かっているだけのような気がするんだがなぁ。いっとき乗り越えればなんとかなるんじゃないの、というのは楽観的過ぎるかしら。

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きのうわたしがどこに出かけるのか家人がなんにも訊かなかったのでおもしろいと思った。出かけるときは自分のお金で行くのだし、別に関心もないのかもしれないが、いちいちうるさく訊かれるようだと、いやになってしまう。実家でさんざんそういう目にあったせいか(母はまるでわたしのストーカーだった)、無関心に感謝という珍しい事態になっています(笑)。今日になって訊かれたので答えたが興味はなさそうである。

漱石展と後藤新平フェスティバル(2)

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 15:28:08

午後は有楽町マリオンの朝日ホールで「後藤新平フェスティバル」。マリオンができた当時高校生だったのだが、友達と2人で遊びに来たとき場所がわからなくて数寄屋橋交番で訊いたら、
「あれですよ」
とすぐ後ろを指差さされたという恥ずかしい思い出がある。マリオンを見るたびに思い出す。

藤原書店という硬派の本を出している出版社が、後藤新平のことをいろいろ調べて評伝やその周辺のことなどをまとめた本を出している。広告もたくさん出しているようでよく見かけた。その『<決定版>正伝後藤新平』=鶴見祐輔・著/一海知義・校訂(全8巻、別巻1)が今日、毎日出版文化賞(企画部門)に決まった。硬い本がなかなか売れない中でよくやっていると思う。
主催にこの本屋がかかわっていて本を割引していたので、前田多門のことが出ている『後藤新平大全』という本を買った。ちゃんと「仏文学者前田陽一、精神科医神谷美恵子の父」と載っている。

前にも書いたが、神谷美恵子の若いころを知るには父・前田多門のことを知らないとよくわからないことが多く、その前田多門を東京市の仕事にスカウトしたのは後藤新平なので、その関連で知っておこうと思い、参加することにした。お金の問題があってやたらと出かけるわけに行かないのだが、わたしみたいに組織に属してない人間が何か調べようと思うと大変なので、こういうのを利用できるときは利用した方がいいだろうと思って。

そういう目的がなくても後藤新平はおもしろい人なので、参加してよかった。9月27日のブログに後藤がどんな人か写真付きで書きましたので、よかったらご覧ください。

まずは80年前に「政治の倫理化」を訴える無声アニメを作ったので、それを神田紅(女性講談師)の弁士で見せる。このころ男子だけの普通選挙がやっと始まったのだが、金権政治や力による政治を排しほんとに国民のための政治をやる政治家を選びましょう、というもの。よくできていた。

そのあと、後藤の仕事の幅広さに合わせて各分野の専門家から短い講演。
御厨貴<みくりやたかし>(政治学者)「内政と外交」
岡田晴恵(感染免疫学・ワクチン学専攻の研究者)「公衆衛生と医療」
藤森照信(建築史学者)「都市計画」
小林英夫(日本近現代経済史学者)「台湾・満州経営」
橋本五郎(読売新聞記者)「情報とメディア」

この中では岡田氏の、あと何年かすると新型インフルエンザが流行るのは間違いないのだが、一般の人はよくわかっていない。後藤新平はコレラの大流行を防いだ実績があるのでそこから学んで欲しい、という話が印象に残った。

以上が第1部。

漱石展と後藤新平フェスティバル(1)

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 14:13:31

両国の江戸東京博物館に「文豪・夏目漱石―そのこころとまなざし―」を見に行ってきた。博物館のチケット売り場の前で小学生が大勢騒いでいるので係の人に訊くと、常設展を見に来ているのだという。江戸の町のジオラマがあるんだよね。楽しめるといいんだが。
 

漱石はいろいろ読んでいるし、絵なんかも写真で見たことがあるけど、蔵書を観るのは初めて。弟子が奉職していた関係で東北大学の図書館に漱石文庫があるのだが、東京にあったらみんな空襲で焼けてしまっただろうからよくぞ残してくれました、という感じ。

学生時代の答案とか原稿のメモ書きとかいろいろ。文学論の「蠅の頭のような文字」がほんとにその通りだったのが笑えた。珍しいのはデスマスクがあったことで、50で死んだにしてはずいぶん皺があるなぁと思った。職業作家になったのが40歳だったかな、ほぼ10年書き続け胃潰瘍が悪くなって死んだ漱石。自殺する近代作家があれだけいる中でよく生き抜いて書いたと思う。
漱石の声を再現したものは、もっとすごい迫力を想像していたので、そうでもなかった。まあでも学校の先生をした人の声って感じはしたかな。大勢の前で話すことに慣れているというのか。
この特別展は18日まで。

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