2007/10/27 土曜日

キリスト教と日本の作家

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 8:41:34

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左上:有島武郎、右上:太宰治、下:内村鑑三

(塚本虎二の写真は残念ながら見つかりませんでした)

Lさんのご両親のお宅でのお茶会で、キリスト教に関心のあった近代作家の話が出た。無教会派に関係があった有島武郎と太宰治のことである。

有島武郎が軽井沢の別荘で雑誌記者の人妻と心中したのは有名な話だけど、前に「神谷美恵子展」を軽井沢高原文庫に見に行ったとき、ついでにと思って野上弥生子が「鬼女山房」と名付けた書斎(ここにこもっていろいろな作品を書いた)を外から眺めたのだけど、こわいと思ったのは有島が心中した別荘が喫茶店になっていることである。

遺体がずっとあとに発見されることを希望していたというのだから、有島はかなり自虐的なところがあったのかなと思ってしまう。その通り、ひどい状態で発見されたらしい。幽霊はぜんぜん信じていないけど、その有島の心境がこわいと思ってお茶を飲むのはやめておきました。作品は『一房の葡萄』が教科書に載っていたのをちょっと読んだことがあるくらいなので、小説巧者だと聞いているのもあって『或る女』とか『カインの末裔』などは読んでみたいと思っている。

その心中の前に内村鑑三から信仰のことで叱責を受けていたというのは、Lさんのお父さんから伺って初めて知った。一回入信して、捨ててしまったんだよね。それも死のうと思った原因の一つ?キリスト教は自殺を禁じているから、死後にも内村は怒っていたという。

太宰が無教会派の塚本虎二にキリスト教のことをいろいろ教わったというのは、何かで読んだことがあった。『駆け込み訴え』という作品がユダを題材にしている。塚本は太宰が心中(ほんとの所の事情はわからないことが多いらしいけど)で死んでしまったのを、惜しんでいたというのもLさんのお父さんから教えてもらった。

作家になるような人って「書くことが生きること」なので、書くためにヘンな行動を取る人も大勢いるし、書けなくなったら死んでしまうのも多いのでは。ヘミングウェイなんてそういう典型でしょう。

神谷美恵子は晩年病床で、初めていろんな束縛から解放されて書くことができるようになった、と喜んでいたそうだが、V.ウルフの研究はまとめることができなかった。40代にギリシア悲劇の翻訳を頼まれたが、晩年に取っておくつもりで断ったという。50代の終わりに過労から心臓と脳血管の病気になってしまったので、自分がそんなに長くないということは予感していたようだが。(こんなにいろんなことをやっていたら、長生きできないですよ、神谷さん)と年譜を作りながらときどき思う。

神谷美恵子が自殺を肯定していたというのは女子医専時代の友達が書いているんだけど、いつごろから肯定していたのかなあ。初恋の人が亡くなったときに何度も死を思ったらしいんだけど(なぜそれほどの衝撃だったのか、考えてみなければいけない)、その時はガチガチの無教会派信仰だったはずなので、かなり苦しかっただろう。

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