2007/10/24 水曜日

母親のエゴむき出し

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 6:23:30

家人の母が22日に来た。相変わらず、本人の意志と関係のないところであれこれ気を回す母親のエゴむき出しなので、驚く。気を回しすぎるひとって、実は自分を中心にしか考えてないんだなって思う。わたしの母は気が回るというような人間じゃないんだけど、わたしがいちばん苦しい思いをしているときに、自分のことしか考えてないことをむき出しにしてしまって、実にがっかりした。本人はぜんぜん気がついてないと思うけど。

家人が40歳で会社を辞めたときに、わたしは反対しなかったのだけど、それは片道2時間通勤があまりに負担になり過ぎていたこと、夜中に帰ってきてごはんを食べるので極度のデブになったこと、わたしもそれに合わせてごはんを食べるので体の調子が悪かったこと、話をする時間もろくになかったこと、などいろいろ感じていたからである。「○○社の社員と結婚したんじゃないんだよ、君と結婚したんだからね」ということは言った気がする。

わたしがその前に結婚半年で勤めを辞めたときは、いやな上司がいて耐えられなかった(だから二度と顔は出さない)というのがかなり大きかったのだけど、やめることを決めたときは、すっきりして友達から「顔つきが全然違う」と言われた。自分でもちょっと鬱が入っていたかなと思うので、あの開放感は大きかった。

自分がそうだったから、家人は仕事(コンピューターソフトの開発)の性質上、仕事先から朝帰りなんてのもあったので、そういう意味でもこれ以上は無理だろうな、と思っていた。

それが、デブになったことに対して文句ばっかり言ったわけですよ、家人の母は。そんなこと言われなくなって本人がいちばんわかってるんだし、我孫子に家を建てたら遠いところに異動になっちゃったんだからね。賃貸だったらあんなにデブになる前にさっさと移っていただろう。余計なことして子供の精神的な負担を増やすなんてとんでもないよ。

親が自分の子供に対して黙ってみているってことができないのは、大きな欠陥だと思う。わたしは自分が過干渉されてすごくいやだったので、家人に対してしつこく言わないようにしてるんだけど、それでもまだ自分で何かできるようにはなっていない(仕事は大丈夫。日常生活のあれこれのことです)。もうちょっと自覚しないと、いつまでもガキのままだろう。

わたしがそういうことを自覚するようになったのは中学生くらいからだと思うのだけど、だから母には絶対負けまい(妙な言い方だが、確かに戦ったのだから「負けまい」)と思っていた。相手の意のままになる方が喧嘩にならないから楽なんだよね。でもそれじゃ自分の人生を生きていることにはならない。

いくらそういうことを言ってもわからないみたいなので、22日は途中で喧嘩にならない程度でやめておいたんだけど、わたしに干渉するとひどい反発を食らうということは納得できたようです(笑)。せめてそのくらいはしてもらわないとこっちも迷惑だから、いいんじゃないのかな。家人に対してはまたやりそうな気がするけど。無駄な努力。
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11月半ばからの2ヶ月間の仕事が本決まり。内容は書けないけど、数字の打ち込みじゃなかったのでほっとする。楽しんでできれば次にもつながるだろう。初対面だと緊張から無愛想になりがちなので、きのうはなるべく気を付けていた。

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