2007/10/4 木曜日

神谷美恵子が通った女学校

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 8:17:43

このあいだ下北沢に行く前に、成城学園に寄った。神谷(当時は前田)美恵子はここの高等女学校(旧制)の第一期生である。今は共学ですが、男子の旧制高等学校は大岡昇平が卒業生だし、小澤征爾は中学(新制かな?)まで行っている。

ここの独学ができる自由な校風が、その前に行った学校では3ヶ月で登校拒否になった神谷美恵子にはうれしいものだった。スイスからの帰国子女で日本語よりフランス語の方が楽になっていたために、日本文学や日本語に猛烈に意欲的になっていたらしい。
卒業後は日本文学を学ぶ学校に行きたい、と言って兄(のちにフランス文学者になった前田陽一)に反対されたという。結局津田塾に行くのですが。

ここに在学中に相思相愛の初恋があって、相手は病弱だったために母親や叔父(キリスト教無教会派の伝道師)から反対されたことが、かなり苦しいことだったようで、そうこうしているうちに、津田塾在学中に相手は20代初めの若さで亡くなってしまう。そこから美恵子の、ほんとうに自分の頭で考え納得できる人生を送りたいという生涯のテーマが始まる。

というわけで、成城高女のころのことを具体的に知りたいなあと思っている。できたら同級生がどんな風に美恵子を見ていたか、何か語ったものか書いたものが残っているといいのだが。

実を言うと、わたしは成城大学文芸学部を受験していて受かっていたので、今思うとここに行った方がおそらく幸せな学生生活を送れただろうな、と思うのである。母校は女子校だったが大学は共学に行くべきだったとも思っていて、そういう意味でもわたしの行った大学は選択を誤ったことになる(出た大学そのものはやろうと思えばいくらでも学問できる学校だし、母校から一緒に進学した同級生Yさんは十分に楽しんだと思うので、単に相性の問題です。念のため)。

当日、成城大学は受験生のためにオープンキャンパスにしていたので、受験生やその親ではないのだけど(笑)、中に入ってうろうろした。受験したのは20年以上前なので、建物などは変わったのか、ちっとも記憶になかった。過去の受験問題集が置いてあったのでちょっとやってみようと思い、もらってきた。

地下の学生食堂でハヤシライスを食べました。なかなかおいしかった。

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