2007/10/31 水曜日

なつかしの絵本と児童文学あれこれ

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 8:42:03

usakochan.jpg darumachan-to-tenguchan.jpgguri-to-gura.jpgiyaiyaen.jpgtokochan.jpgdolittle.jpgすばらしいフェルディナンドひとまねこざる

神保町のみわ書房でなつかしい本を見かけたので、なつかしの絵本と児童文学をあれこれ書いてみたいと思います。

わたしの両親は2人ともがんばって大学に行った人たちなので、本を読むのはお勉強というつもりがかなり強かったんじゃないかな。あんまり楽しんでる風ではありませんでした。クラシックを聴くのもそうだった(そのへんが長じてのち反発を感じる所なんですが)。

というわけで、両親は正統派大好き。子供の本は岩波か福音館でした。
わたしの初めての絵本は今「ミッフィー」と言っているディック・ブルーナ「うさこちゃん」のシリーズで、あの単純な線と色。福音館ですよね、たしか。調べると、「うさこちゃん」と訳したのは石井桃子だという。ほー、最初の絵本からお世話になったのか。

シリーズで講読していたのは福音館の「こどもの友」「かがくの友」で、だるまちゃんシリーズとか「ぐりとぐら」とか、「いやいやえん」(単行本?)とか、科学の方では「海」とか「星」とか子供向きなんだけど解説がしっかりしてるもの。かこさとし(加古里子=男性です)という名前をよく覚えているんだけど、だるまちゃんシリーズのほかに科学の方も書いていたのかもしれない。福音館のサイトで画像を探していたら、『とこちゃんはどこ』という懐かしい本を見つけた!松岡享子が文なのだけど、この人、神戸女学院大学で神谷さんに習ったのじゃなかったっけ?絵は加古里子です。すぐ迷子になっちゃう男の子の話。

あと、ドレミファブックというレコード付きの絵本も毎月だったか買っていたようで、岸田今日子ナレーションの「長靴をはいた猫」を覚えています。今ないんですってね。実家では子供が大きくなってから近くの保育園か幼稚園に寄付したと言っていました。

小学校1年の時に、石井桃子が下訳して井伏鱒二が日本語を整えたドリトル先生のシリーズ(岩波)を誰かからもらって、これはずっと愛読していました。中2で数学の先生と喧嘩して理数系がわからなくなっちゃうまでは獣医になろうと思ってたくらい(笑)。そのせいか、人形よりもぬいぐるみが好きで、ティッシュを細長く切った包帯を輪ゴムで止めて、獣医さんごっこをやりました(笑)。

弟はファンタジーが好きで、『指輪物語』とか『ナルニア国物語』とかを愛読していましたが、わたしはもうちょっと現実的なのが好きだった。ドリトル先生シリーズで動物がしゃべるというのは空想ですが、描かれているのは19世紀(?)のイギリス社会ですから。

イギリス好きなのはたぶんドリトル先生の影響が一番最初で、次がこの間、伝記映画を観たポターのピーター・ラビットなどの動物絵本(福音館)じゃないかな。これも石井桃子の訳なので、「いしいももこ」という名前にはかなりなじんでいます。
で、中1で英語を習い始めたときに先生が「基礎英語」というラジオ番組を聴いてごらんなさい、と言ったので聴き始めたらマザー・グースの歌を土曜日に流していた、というふうにつながってきます。小島義郎という早稲田の先生だったけどもう亡くなったかしら。歌はキャロライン洋子でした。

きのう書いたフェルディナンドという犬の話は、『おきなさいフェルディナンド』(ルドヴィク・J・ケルン・作/内田莉莎子・訳/岩波書店)『すばらしいフェルディナンド』(同上)というシリーズ物で、ポーランドの児童文学。どんな国かぜんぜん知らなかったけど、ビゴスというキャベツの煮込み料理がおいしそうとか、いいなあ犬が出てくるよ、しかも洋服着て立って歩いて(紳士風)とか、そんなことに気を取られていたんだと思います。団地なので犬が飼えないというのはつまらなかったから、飼うんだったらドリトル先生の愛犬からジップという名前にしようか、なんて空想をしていました。

もうちょっと大きくなってからデフォーの『ガリバー旅行記』(岩波)を読んでいますが、これはオースティンの時に書いた中野好夫の訳なんですよね。中野好夫は英文学者で父の本棚の方にも『シェイクスピアの面白さ』(新潮選書)とか『アラビアのロレンス』(岩波新書)とかいろいろあったので、名前はおなじみでした。

あと何があったかなあ。『星の王子様』(内藤櫂・訳、岩波)も読んでるけど、あれは弟が好きな種類の本だったかもしれませんね。

あ、おさるのジョージのシリーズがあった(岩波)。弟はこどものころ「じょーじ」というあだ名が付いていて(笑)、このシリーズが大好きでした。友達のうちに男の子が生まれたときにこの最初のシリーズをあげたことがある。今は続きのシリーズが出ているしアニメにもなってるらしくてびっくりしますが。

まだありそうなんですが、長くなったので今日はここまで。

2007/10/30 火曜日

神保町古本まつりに行く

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 8:20:43

神谷美恵子関連の本を探しに、神保町古本まつりに行ってきた。

学生のころから何度も行っているが、こんなにはっきり目的を持って行くのははじめて。都内に越して神保町に出やすくなったのはありがたい。我孫子からだと1時間半くらいかかったが、東村山だともう少し近いから。

予算を限ってその中でどう買うか考えながらの購入だったが、すこし足が出てしまいました(笑)。

1.島崎敏樹『心で見る世界』(岩波新書、1960)
2.西丸四方『病める心の記録』(岩波新書、1968)
3.松隈俊子『新渡戸稲造』(みすず書房、1969)
4.鈴木俊郎編『回想の内村鑑三』(岩波書店、1956)
5.太田愛人『野村胡堂・あらえびすとその時代』(教文館、2003)
6.藤倉四郎『カタクリの群れ咲く頃の 野村胡堂・あらえびす夫人ハナ』
(青蛙房、1999)
7.『アルプ 特集 串田孫一』(山と渓谷社、2007)
8.関容子『女優であること』(文藝春秋、2004)

1と2の著者は兄弟で、2人とも精神医学者。西丸が兄。作家の島崎藤村の従兄弟に当たる。島崎敏樹は美恵子が精神医学に興味を持つきっかけを作った人。西丸四方は東大精神科医局時代の同僚で、美恵子が関西に行ってからは気安く話せる電話での相談相手であったらしい。

3の新渡戸稲造は美恵子の両親の恩師で、仲人でもあった。美恵子幼少の折りは祖父的な存在だったと本人が書いている。下の妹の命名者でもあった。

4の内村鑑三は日本のキリスト教無教会派の創始者。若いころの美恵子は無教会派の影響を強く受けていて、父前田多門の知り合いはその関係が多かったし、いろいろな質問・相談相手もそういう関係の人が多かったようなので、鑑三のことは欠かせない。東大精神科医局に入ったときの主任教授は鑑三の息子の内村祐之(ゆうし)という関係もありますし。鑑三の本はなにか読んでみないといけないだろうけど、まずは人物を知りたいと思って。いちばん欲しかった内村祐之の自伝『我が歩みし精神医学の道』(みすず書房)は見つからなかった。
キリスト教の本はいろいろあって迷ったのだけど、別に信仰しようと思っているわけではないので専門的な本は図書館でもいいやと思って眺めるだけにした。

5と6は美恵子の初恋の人が野村胡堂の長男で、もしその人が長生きしていれば胡堂が義父になった可能性があるので、欠かせないと思っていた。美恵子は若いころ自分の母親に対してかなり批判的だったようで、野村夫人ハナが理想の母親像だと日記に書いているのでそのこともある。野村胡堂は「銭形平次捕物帖控」の作者として有名だが、わたしは読んだことがないしテレビ番組もちゃんと知らないので、まずは作者を知ることから始めようと思った。

7の「アルプ」は登山の雑誌。串田孫一は美恵子の成城高女時代の知り合いで、スキーなんかの時一緒になったらしい。フランス語を習う暁星中学高校に在学した串田はフランス語で文通する約束をしたのだが、自分はとてもかなわない、みごとなフランス語だったと書いている。
串田は仏文学をやった人でエッセイを読んだことがあるけど、山の方のことは知らないので。詩や哲学も守備範囲だし、ラジオのDJもやっていたという。自由劇場にいた串田和美(俳優、演出家)のお父さんだと言えば、ほーと思う読者もいるだろうか。

(訂正:串田が暁星に通ったのは小学校と中学でした。あと大学の専攻はフランス哲学。渡辺一夫の愛弟子の一人というから文学だと思っていた)

8はおまけです。ちょっとのぞいたらおもしろかったので息抜き用に。関容子はノンフィクション作家。堀口大學のことを書いた『日本の鶯 堀口大學聞き書き』(講談社)がおもしろかった。歌舞伎俳優に取材した本が多いんじゃないかな。
これは長岡輝子、加藤治子、丹阿弥谷津子、岸田今日子、奈良岡朋子、吉行和子、佐藤オリエ、三田和代、冨士眞奈美、渡辺えり子、波乃久里子、富司純子に聞き書きしたもの。渡辺えり子以外はこどものころから見ている人たちなのでなつかしくなった。
この人たちがそろって「いい男だった」とほめたのは有島武郎の長男、森雅之だったという。有島もハンサムだものね。幸田文原作の「おとうと」(作家役)に出た晩年の森雅之しか観たことがないので、もうちょっと若いころの映像を観たいな。

神保町は広いのでいろんな店があるが、きのうは見たことないところも見てみようと思い、色紙類や古書籍(和綴じの本)が置いてある店や、みわ書房という絵本児童文学専門店をのぞいた。色紙の字が良かったのは堀口大學。艶笑詩を得意とした詩人らしく、なにかそういう文句が書いてあった。
みわ書房はマザー・グース関連の本があるかなという軽い気持ちで行ったのだが(買うつもりはなかった)、見あたらなかった。店頭には出していないのかもしれない。フェルディナンドという犬を主人公にしたポーランドの児童文学書がなつかしく、ちょっと中身をのぞく。

2007/10/29 月曜日

ジェフリー・アーチャーの短編より

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 9:10:36

ジェフリー・アーチャーの本は、翻訳だけだがみんな読んでいる(というか原文で読めるほど英語力がありません。マザー・グースくらいならなんとかなるけど)。

長編もいろいろ好きなのですが、ここでは短編から好きなのを選りすぐってみます。
現在翻訳が出ている短編集は4冊。すべて新潮文庫、永井淳・翻訳。

1.『十二本の毒矢』QUIVER FULL OF ARROWS
   原書1980年、邦訳1987年
2.『十二の意外な結末』A TWIST IN THE TALE
   原書1988年、邦訳1988年
3.『十二枚のだまし絵』TWELVE RED HERRINGS
   原書1994年、邦訳1994年
4.『十四の嘘と真実』TO CUT A LONG STORY SHORT
   原書2000年、邦訳2001年

『十二本の毒矢』より
 ワンナイト・スタンド(One-Night Stand)
  題名は「一夜限りのお相手」という意味。アーチャーお得意の2人の男の友情の始まりから大人になるまでのつきあいの書き方が短編でも生かされている。そしてアメリカ出張した2人が、どちらの好みにも当てはまる女性に出逢って、さて……というお話。

 ハンガリーの教授(The Hungarian Professer)
  ハンガリー動乱から10年のち、ということはちょうどわたしが生まれたころのこと、ブダペストで行われた学生競技大会に参加した「わたし」が、老教授と知り合う。まるで英国人のようになんでも英国のことを知っている教授なのだが……

 ある愛の歴史(Old Love)
  今のところ、これが一等に好き。大好きなケネス・ブラナーとエマ・トンプソンの掛け合いがみごとだった『から騒ぎ』(シェイクスピアの喜劇)のセリフが引用されているのもあるし、あの掛け合いが全編にわたって書かれているようなもので楽しいし、仲のいい夫婦は好きですから。『から騒ぎ』から発想を得たのかな。

『十二の意外な結末』より
 ア・ラ・カルト(A La Carte)
  タイヤ工場に働く男の息子は、ひょんなことからサヴォイ・ホテル(ロンドンの最高級ホテル)に勤めることになり、また偶然から厨房勤めになる。そして……英国人の食に対する頑固さが描かれているのがおかしい。

 クリスティーナ・ローゼンタール(Christina Rosenthal)
  手紙で話が進んでいく。往復書簡ではなく、手紙を読むことによって話が進む手法もあるんだな、と思って感心した。小説を書こうという気はあんまりありませんが、書くなら手紙を使って何か工夫してみたい。
 

『十二枚のだまし絵』より
 眼には眼を(An Eye for an Eye)
  クリスティーの「情婦」ばりのあっと驚くしかけがあります。発想がいいよね。
 

『十四の嘘と真実』より
 手紙(The Letter)
  これも手紙を使っていて、読みながら話が進んでいく手法なんですが、読んでいる人の周囲にいる人が関係してくるのがおもしろい。

 ひと目惚れ(Love at First Sight)
  これは発想を思いつけばできるのではないかと思うけど、どうやら本当にあった話を書いたらしい。

 忘れがたい週末(A Weekend to Remember)
  お目当ての男に逢うための控え駒みたいな役に当たってしまった男の話。男女逆転でも書けそうな気がする。

 隣の芝生は……(The Graas in Always Greener…)
  アーチャーの「サーガ」と呼ばれている大河小説(『ケインとアベル』など)は、登場人物がいちいちその背景までちゃんと書かれていることが魅力の一つだと思うのだけど、この短編ではある銀行の話が、門の前にいるホームレスから銀行の会長まで、それぞれ悩みがあり、すぐそばにいる人物をうらやましく思うことがあり、という連鎖でつながっていく。短編でまとめるのはなかなかむずかしいだろうに、よくまとまっていてほろ苦い人生の味も出せている。

わたしが好む小説は、読んで楽しいもの。人物を描いているもの。お説教は要らない。できればハッピーエンドがいい。たとえ人殺しの話であってもカタルシスがあるもの。というわけで、中学生の時に司馬遼太郎の『燃えよ剣』(新潮文庫)にはまってしまったのですが、ストーリーテラー(お話上手)ということはかなり意識していると思いますね。あと小道具使いのみごとさもけっこう重要ポイントかな。

2007/10/28 日曜日

太地喜和子の色気と道行文の魅力

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 10:21:28

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CSの「時代劇専門チャンネル」で「但馬屋のお夏」というのをやっていた。
太地喜和子主演、秋元松代脚本、和田勉演出。1986年NHKで放送したもの。これかどうか覚えていないけど、太地喜和子が近松原作の時代劇で主演したテレビ番組を観て、その色気にため息の出る思いをしたことがある。

どっちかっていうと色事系のことを書くのは苦手で、ブログでは避けていますが(笑)、太地喜和子の時代物は生の舞台で観ておきたかった、と後悔している。

現代劇だとなんかいやなんですけど(「失楽園」のテレビ版は最低だった)、時代劇だと型が決まっているし、心中に至る道のりが納得できるせいか安心して色事系を観ることができる。読む物もそうかなあ。

近松は文楽『曽根崎心中』を映画で撮ったものを高校生の時に学校で観ているのだけど、当時最高峰の名人だった吉田蓑助の人形遣いが、今でもすごかったなあと思います。それに近松のセリフはみごとなんです。有名な道行きの部分、

   この世の名残り 夜も名残り
   死ににゆく身をたとふれば
   あだしが原の道の霜
   一足ずつに消えてゆく
   夢の夢こそ あはれなれ

   あれ 数ふればあかつきの
   七つの時が六つなりて
   のこる一つが今生の
   鐘のひびきの聞きおさめ
   寂滅為楽とひびく也

これを声に出して読むと、ふるえるような気持ちになる。自殺とか心中は嫌いなのにもかかわらず、ですよ。これが詩心のない下手な現代語だったらこうはいかないでしょうね。

平家物語にもこういう道行きの部分があって、卒論で取り上げたときに目を通しているから、同じようなセリフ回しに惹かれるのかもしれない。

重衡東下り(しげひらあずまくだり)
 平重衡は清盛の息子で、武勇に優れ艶福家。興福寺と東大寺を焼き討ちし、あの巨大な東大寺大仏を溶かしてしまった。一ノ谷の戦いで捕虜となり、南都(今の奈良市のあたり)で斬られてしまう。重衡が捕虜となって送られるところが「重衡東下り」。平家物語の中でも特に名文と言われているところ。ここはぜひ、声に出して読んでみてください。

逢坂山をうち越えて、瀬田の長橋駒もとどろと踏みならし、雲雀(ひばり)のぼれる野路の里、滋賀の浦波春かけて、霞にくもる鏡山、比良(ひら)の高根を北にして、伊吹が岳(いぶきがたけ)も近づきぬ。心とまるとはなけれども、荒れてなかなかやさしきは、不破の関屋の板びさし。いかに鳴海の潮干潟、涙に袖はしをれつつ、かの在原のなにがしが「唐衣着つつなれにし」と詠じけん、三河の国八橋にもなりしかば、「蜘手にものを」とあはれなり。浜名の橋を過ぎければ、松の梢に風さえて、入江にさわぐ波の音。さらでも旅はものうきに、心をつくす夕まぐれ、池田の宿にぞ着き給ふ。

「但馬屋のお夏」では、いしだあゆみが別れた亭主(中村嘉津雄)に未練たらたらの女をやって、そのヒステリーぶりがこわかったです(笑)。あと、渡辺美佐子(お夏の母)が上手ですね。安心する。彼女の「化粧」っていう一人芝居を観たいと思ってたんだけど逃してしまった。残念。

松岡正剛の「千夜千冊」に「フォーカスな人たち」というのがあって、太地喜和子が女優に変身していくところが書いてあるのだけど、つきあった男がずらっと書いてあった。
三国連太郎、津阪匡章(秋野太作)=結婚相手だった、峰岸徹、田辺昭知、伊丹十三、石坂浩二、津川雅彦、中村勘九郎(今の勘三郎)。

三国とか秋野、勘九郎は知っていたけど、なんかこのメンバーを見て、好みがわかる気がした。色気があって知的な感じ。

着物がよく似合う下ぶくれの顔なんですね。おしろいもよく似合っているし。ああやっぱり生で観たかった。

2007/10/27 土曜日

キリスト教と日本の作家

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 8:41:34

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左上:有島武郎、右上:太宰治、下:内村鑑三

(塚本虎二の写真は残念ながら見つかりませんでした)

Lさんのご両親のお宅でのお茶会で、キリスト教に関心のあった近代作家の話が出た。無教会派に関係があった有島武郎と太宰治のことである。

有島武郎が軽井沢の別荘で雑誌記者の人妻と心中したのは有名な話だけど、前に「神谷美恵子展」を軽井沢高原文庫に見に行ったとき、ついでにと思って野上弥生子が「鬼女山房」と名付けた書斎(ここにこもっていろいろな作品を書いた)を外から眺めたのだけど、こわいと思ったのは有島が心中した別荘が喫茶店になっていることである。

遺体がずっとあとに発見されることを希望していたというのだから、有島はかなり自虐的なところがあったのかなと思ってしまう。その通り、ひどい状態で発見されたらしい。幽霊はぜんぜん信じていないけど、その有島の心境がこわいと思ってお茶を飲むのはやめておきました。作品は『一房の葡萄』が教科書に載っていたのをちょっと読んだことがあるくらいなので、小説巧者だと聞いているのもあって『或る女』とか『カインの末裔』などは読んでみたいと思っている。

その心中の前に内村鑑三から信仰のことで叱責を受けていたというのは、Lさんのお父さんから伺って初めて知った。一回入信して、捨ててしまったんだよね。それも死のうと思った原因の一つ?キリスト教は自殺を禁じているから、死後にも内村は怒っていたという。

太宰が無教会派の塚本虎二にキリスト教のことをいろいろ教わったというのは、何かで読んだことがあった。『駆け込み訴え』という作品がユダを題材にしている。塚本は太宰が心中(ほんとの所の事情はわからないことが多いらしいけど)で死んでしまったのを、惜しんでいたというのもLさんのお父さんから教えてもらった。

作家になるような人って「書くことが生きること」なので、書くためにヘンな行動を取る人も大勢いるし、書けなくなったら死んでしまうのも多いのでは。ヘミングウェイなんてそういう典型でしょう。

神谷美恵子は晩年病床で、初めていろんな束縛から解放されて書くことができるようになった、と喜んでいたそうだが、V.ウルフの研究はまとめることができなかった。40代にギリシア悲劇の翻訳を頼まれたが、晩年に取っておくつもりで断ったという。50代の終わりに過労から心臓と脳血管の病気になってしまったので、自分がそんなに長くないということは予感していたようだが。(こんなにいろんなことをやっていたら、長生きできないですよ、神谷さん)と年譜を作りながらときどき思う。

神谷美恵子が自殺を肯定していたというのは女子医専時代の友達が書いているんだけど、いつごろから肯定していたのかなあ。初恋の人が亡くなったときに何度も死を思ったらしいんだけど(なぜそれほどの衝撃だったのか、考えてみなければいけない)、その時はガチガチの無教会派信仰だったはずなので、かなり苦しかっただろう。

2007/10/26 金曜日

「折々のうた」最終巻

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 8:44:17

大岡信<まこと>の『折々のうた』、朝日新聞一面の連載は今年の3月末で終了。最後の岩波新書版『新折々のうた9』が10月に出たところ。
足かけ29年になるという。わたしが中学生のころに始まった。ちょうどそのころ母校の恩師が古典のおもしろさを教えてくれたのと、国文出身の父が詩歌好きで(たしか卒論は近代詩)いろんな本が実家にはあったので、これも読み始めたわけです。

ほかに詩歌の本としては茨木のり子『詩のこころを読む』(岩波ジュニア新書)を愛読し、たくさん線を引っ張ったのが今でも手元にある。これも中学生のころ。

わたしは詩心に乏しい人間で、10年ほど前に誘われて歌人たちとつきあうことになった時、なんか肌合いが違うな、と思い、「マラソン・リーディング」という自作詩歌の朗読会に行ったときは、「歌人というのはどういう人達なのか」を観察しようと思って行った。観察記を長々と二度ほど書いてます。

我孫子にいるときは朝日新聞と日刊スポーツを取っていたことがあったのだけど、途中でお金が続かなくなって、毎日新聞の日曜日だけ読書欄を見るために買うことにしたので、「折々のうた」は読めなくなってしまった。
新書の方は続けて買うことにしていたと思う。

ちなみに家人はテレビ欄を見るだけに新聞を使う。
独身時代は売り込みが来るたびに替えて毎度毎度、洗剤をもらったとかいうので大笑いした。

で、「折々のうた」に戻りますが、朝日新聞を読んでいたときは毎朝紙面で、新書版が出ればまたそちらで、という具合で二度以上は読んでいますね。すこし前にあるお題で歌を詠もうと思ったときは参考のために全部見たから、また久しぶりに読み直したことになる。
この本の何がいいかというと、分量的には短いものしか載せられないので、長い詩だったりすると一部だけだが、短歌や俳句なら全部載るし、隆達小唄<りゅうたつこうた>とか梁塵秘抄<りょうじんひしょう>などの歌謡系(つまり節にのせて唄うもの。今だと流行歌)、海外の子供の作った俳句、日本の高校生の俳句、むかし日本の植民地だった台湾で日本語の熟練者たちが作った短歌、という具合に、ふつうは図書館でもよく探さなければ読めないようなものが手軽に読めること。今の図書館だと予算が足りなくて硬い本を置いてなかったりするらしいから、なおさら貴重じゃないかな。
こういうところから興味を広げていって、読書の幅を広げるというのが楽しいところなので、そこから自分でも作ってみたりすれば、なおいいではないですか。

わたしは古典和歌では古今集が好きなんですが、父の本棚には誹風柳多留<はいふうやなぎだる>などの川柳集もあったので、勝手に借りて読んでいました。だから有名な「寝てゐてもうちはの動く親心」なんてのは中学生の時から知っていた。最近ときどき一人連歌を作って楽しんでいるんですが、季語が入らない川柳みたいなのができちゃうのはその愛読の影響かもしれない。別に川柳をおとしめているわけではないけど。今は毎日新聞の「万能川柳」(コピーライター仲畑貴志・選)(リンクは今日のもの)を愛読しています。投稿はまだほとんどしてないけど。

取り上げるものは大岡信が自分で選んでいるので、たとえば穂村弘とか升野浩一あたりが入ってないのはたぶん好みに合わないんだろうな、とか同い年で早熟の(中学生ですばらしい短歌を詠んだ)紀野恵を取り上げてないのはなんでなんだ、とか編集の方にも目がいきます。

「ぱぐのだらだらさろん」というまだ生かしてあるサイトの方には「ぱぐの好きな歌」という連載コーナーを作って、主に古典和歌を取り上げて何ほどか書いたことがあるんですが、スタイルは「折々のうた」を意識していました。文章の部分はもっと長いですけど。

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いやな人を一発で黙らせる方法ってないかなあ。
持って回ったような言い方されると推理(?)しなくちゃいけなくて、さらに腹が立ってくる。

2007/10/25 木曜日

神谷美恵子についての雑談お茶会

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 9:01:26

きのうはLさんのご両親の家に伺い、神谷美恵子についての雑談お茶会をしていただいた。
今、いちばん力をいれてブログで書いているのは神谷美恵子のことなのだけど、コメントをくれる人がいなくてつまらない。書くからには反応が欲しいので、Lさんとは前からいろいろ話したりメールでやりとりしているのだけど、お茶会では神谷美恵子の話題全開だったので楽しかった。

まあ、神谷美恵子が亡くなってもう30年近く経つわけなので、もう歴史上の人物になってしまっていて、わたしの同級生でも名前を知っているひとがどれくらいいるものやら。実際に原稿(?)として書くときには、神谷美恵子って誰?と思う同級生に説明するつもりで書こうと思っている。

今回の雑談の目的は、神谷美恵子が若いころ、無教会派キリスト教の大きな影響を受けていたので、その信仰者たちの雰囲気を知りたくて、Lさんを通じてお訊きしたところ、Lさんからお茶会にしませんか、と言われたのでご招待を受けたのである。ご両親はルーテル派だそうだが、お父さんは内村鑑三を初めとする無教会派についても関心をお持ちということなので、質問相手にはよかった。

わたしは大学だけカソリックの学校に行ったが、キリスト教に限らず信仰と言えるような物は持っていないし、プロテスタントとカソリックの違いも実はよく知らないので、日本史の本を読んでみても明治以降のキリスト教各派がどう違うのか、わかりかねていた。

無教会派というのは内村鑑三から始まったのだが、次第にセクト化していったらしい。華道なんかのように「内村流」なんてのにはならなくて(笑)、それぞれ独立した人が聖書にちなんだ名前を付けたらしい。今もあるという。

神谷美恵子は自分で本を読んで考えるほかにも、その道の人に対して質問魔だったらしく、わたしが初めて聞く名前の前田護郎という新約聖書の専門家だった学者にもいろいろ質問しているという。あーこれでまた人物項目が一人増えてしまった。

旧約聖書については、ソドムとゴモラ(地名)とか、ソロモンとかダビデが王様の名前だよなあ、というくらいの知識しかなかったので、阿刀田高の『旧約聖書を知っていますか』(新潮文庫)というエッセイを読了したところ。これはキリスト教の信仰を持っていない人が持っていない人向けに書いた物なので、初心者向きではある。神谷美恵子は聖書の言葉を全部諳んじていたと次男の妻が書いていたけど、それはたぶん文語訳。文語訳まではちょっと無理だろうから、阿刀田も勧めている犬養道子の『旧約聖書物語』『新約聖書物語』(いずれも新潮社)を読んでみようかと思っている。犬養道子は五・一五事件で暗殺された犬養毅首相の孫で、クリスチャン。聖書研究をライフワークの一つにしているという。

アガサ・クリスティーの本にも聖書のことが、ちらちら出てきてよくわからなかったので、そっちの方も兼ねていろいろ読んでみるつもり。

しかしつくづくわたしは親の世代かそれ以上くらいのおぢさん(もはやおぢいさんだが)に受けがいいんだなあ、ということを再確認してしまい、なんだか苦笑。

2007/10/24 水曜日

母親のエゴむき出し

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 6:23:30

家人の母が22日に来た。相変わらず、本人の意志と関係のないところであれこれ気を回す母親のエゴむき出しなので、驚く。気を回しすぎるひとって、実は自分を中心にしか考えてないんだなって思う。わたしの母は気が回るというような人間じゃないんだけど、わたしがいちばん苦しい思いをしているときに、自分のことしか考えてないことをむき出しにしてしまって、実にがっかりした。本人はぜんぜん気がついてないと思うけど。

家人が40歳で会社を辞めたときに、わたしは反対しなかったのだけど、それは片道2時間通勤があまりに負担になり過ぎていたこと、夜中に帰ってきてごはんを食べるので極度のデブになったこと、わたしもそれに合わせてごはんを食べるので体の調子が悪かったこと、話をする時間もろくになかったこと、などいろいろ感じていたからである。「○○社の社員と結婚したんじゃないんだよ、君と結婚したんだからね」ということは言った気がする。

わたしがその前に結婚半年で勤めを辞めたときは、いやな上司がいて耐えられなかった(だから二度と顔は出さない)というのがかなり大きかったのだけど、やめることを決めたときは、すっきりして友達から「顔つきが全然違う」と言われた。自分でもちょっと鬱が入っていたかなと思うので、あの開放感は大きかった。

自分がそうだったから、家人は仕事(コンピューターソフトの開発)の性質上、仕事先から朝帰りなんてのもあったので、そういう意味でもこれ以上は無理だろうな、と思っていた。

それが、デブになったことに対して文句ばっかり言ったわけですよ、家人の母は。そんなこと言われなくなって本人がいちばんわかってるんだし、我孫子に家を建てたら遠いところに異動になっちゃったんだからね。賃貸だったらあんなにデブになる前にさっさと移っていただろう。余計なことして子供の精神的な負担を増やすなんてとんでもないよ。

親が自分の子供に対して黙ってみているってことができないのは、大きな欠陥だと思う。わたしは自分が過干渉されてすごくいやだったので、家人に対してしつこく言わないようにしてるんだけど、それでもまだ自分で何かできるようにはなっていない(仕事は大丈夫。日常生活のあれこれのことです)。もうちょっと自覚しないと、いつまでもガキのままだろう。

わたしがそういうことを自覚するようになったのは中学生くらいからだと思うのだけど、だから母には絶対負けまい(妙な言い方だが、確かに戦ったのだから「負けまい」)と思っていた。相手の意のままになる方が喧嘩にならないから楽なんだよね。でもそれじゃ自分の人生を生きていることにはならない。

いくらそういうことを言ってもわからないみたいなので、22日は途中で喧嘩にならない程度でやめておいたんだけど、わたしに干渉するとひどい反発を食らうということは納得できたようです(笑)。せめてそのくらいはしてもらわないとこっちも迷惑だから、いいんじゃないのかな。家人に対してはまたやりそうな気がするけど。無駄な努力。
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11月半ばからの2ヶ月間の仕事が本決まり。内容は書けないけど、数字の打ち込みじゃなかったのでほっとする。楽しんでできれば次にもつながるだろう。初対面だと緊張から無愛想になりがちなので、きのうはなるべく気を付けていた。

2007/10/23 火曜日

好きなミステリあれこれ

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 6:28:46

一番最初に読んだのは、小学校の図書館にあった子供向けのルパン、ホームズ、少年探偵団(ポプラ社?)などだと思う。トリックの本にも手を出したので、読んでないのに肝心の仕掛けを知っているという本がかなりあります(笑)。

あと実家に父が読んでいたクロフツの『樽』とかエラリー・クイーンとか、クリスティーも少しあったと思う。早川のポケットミステリ。

アガサ・クリスティーを好んで読むようになってからは、あちこちの古本屋で読んでないものを片っ端から買っていって、ほぼそろえました。ポケットミステリが多いけど、早川ミステリ文庫も。真鍋博のミステリ文庫版の表紙がしゃれていて好きだった。あとミステリ以外の小説が5つだったかな、あれはノベルス文庫。それと自伝とか芝居とか考古学者と再婚したのでその生活について書いた本とか。

今は早川の「クリスティー文庫」というシリーズでほぼ全著作が入っているみたいですが、中身はほとんど変わらないと思うので、手は出していません。原書も古本屋できたなーいペーパーバックをぽつぽつ買ったけど、まだ制覇するところまで行っていない。マザー・グースとの関連で調べるためには原書の方が肝心なんですけどね。

前に書いたマザー・グース学会の藤野会長が「矢野文雄」というペンネームで書いた『アガサ・クリスティーはマザー・グースがお好き』(日本英語教育協会、1984)は無事入手しました。ぼちぼち読んでます。
ほかにもクリスティー関係の本は、いろいろ手元に持っています。いちばん面白かったのはミステリ外の小説を元に翻訳家の中村妙子が書いた『アガサ・クリスティーの真実』(新教出版社)と『鏡の中のクリスティー』(早川書房)。

あと、シャーロック・ホームズは大人になってから大人向きの訳本(新潮文庫だったかしら)で読んだのだけど、ジェレミー・ブレット主演のテレビを見ても何の話だったか思い出せないことが多いので、シャーロッキアンとは言えないでしょうね(笑)。
10年前の英国旅行ではベーカー街B221にも行きたかったけど地下鉄の駅の「Baker Street」を使っただけ。ロンドン市内の「シャーロック・ホームズ」という有名なパブに入りたかったのだけど、家人は疲れていたのか、もう宿に帰る!と言いだしたので、英語に自信のないわたしはあわてて追っかけ、ついにそこには行けませんでした(泣)。

テレビ番組では、レイモンド・バー主演のペリー・メイスン弁護士ものが好きでした。原作の方は山ほどあるのでちょっとだけ手を出してみた。その時は面白いんだけど、すぐ内容を忘れちゃう。
あとはかの有名なコロンボ警部。それと、さっきも書いたジェレミー・ブレット主演のホームズ。クリスティーではジェーン・ヒクソン主演のミス・マープル、デビッド・スーシェ主演のポアロ。スーシェのは今もまだ撮影が続いているそうなので、新しいのを観る楽しみがあります。

それと、東村山に来てケーブルテレビ加入でミステリ・チャンネルが観られるようになったので、
「ジュリー・レスコー」(フランスの女の署長が活躍する警察もの)
「騎馬警官」(カナダ出身の生真面目な騎馬警官がシカゴで活躍する)
「名探偵モンク」(潔癖性で神経質な元刑事の探偵、サンフランシスコだったかな)
「特捜班CI☆5」(イギリスの特殊捜査班の話。かなり古いものみたい)
「2人で探偵を」(クリスティーのタペンス&トミーというカップル探偵)
あたりをたまに観ます。同じものを何回も放送するので、観たような気がするなぁ?というのがよくある。

日本のだと名取裕子・宅間伸主演の「法医学教室の事件ファイル」なんかが好きかなあ。テレビ朝日の午後の土曜ワイド劇場再放送版をよく観ていた時期があるので、あの枠のはけっこう知ってるかな。あと、前に好きなテレビ番組で書いた「太陽にほえろ!」。

こうして書いてみると、ハード・ボイルドとか暴力悪徳刑事ものとかが抜けてますね。レイモンド・チャンドラーは清水俊二訳のを一回読んでみたけど、なんかしっくり来なかったんだよなあ、セリフはしゃれてるけど。というわけで村上春樹が訳した『ロング・グッバイ』(なぜちゃんと日本語訳にしないんだろう?)も読んでいません。

あと、横溝正史の本は、おどろおどろしい人間関係がいやで、ちょっとかじっただけ。ドラマなんかもちゃんと観ていない。

2007/10/22 月曜日

我が家の会計の決まり事について

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 7:35:07

結婚したときに、それぞれが使うものはそれぞれが払う、という約束をしたので、我が家は外で食べたり呑んだりするときは、ちゃんとその分払うことになっている。呑み分は家人の方が多いから、その分多めに払う。

先日の夕飯は外食して2人で4200円くらい、家人がかばんを間違えて財布を置いてきてしまったのでわたしがまとめて払い、あとでちゃんと徴収した(笑)。

わたしは調べ物のためにけっこう高い本を買ったりするのだけど、それも全部自分で出す。だからほんとうは何か専門職で長く続けられる仕事が良かったのだけど、諸事情によりそういう仕事には就けなかったので、今ごろエクセルやワードの基礎を習ってなんとか少しでも肉体労働ではない仕事をやろうとしているわけです。

スーパーの仕事もコンピューターは使うけど、レジにしても在庫発注・管理にしても基本は立ち仕事で肉体労働だから、疲れ切ってしまうと物が考えられない→書くことができない→調べ物できない、ということになってしまい、時給がものすごく安いのもあって、かなりきつかった。足が棒のようになって足裏マッサージに行くと、一日分の給料が吹っ飛んでしまう。あのときはすぐ現金が必要だったので、すぐ雇ってもらえるスーパーにしたわけなんですが。

今、いろいろ苦労しているので、就職氷河期に正社員の口がなくてその後も苦労している20代や30代の人達の気持ちがよくわかる。何よりいけないのは、先行きの見通しが立たないということなんだろうなあ、と思うわけです。若さは有り余っている。ということは意欲を生かす場所があれば一生懸命仕事をする年代のはずなのに、なんだか不安だらけで白けてしまったら、たぶん人生楽しくないだろうなあ。ぐれたりするのもいるだろう。そのままそういう人生観で突き進むと年取ってもっと厭世的になりやしないかしら。

おととい卓球部の人達が遊びに来て、彼女たちは親でもあるわけなので、今はいちばん子供にお金がかかる時期ですよね。時間もお金もなかなか自分に投資できないみたいだった。うちはその点、自分たちでお金を使えるわけなので、ブルーノートに行ったりフィギュアスケートを観に行くなどしている。
まあわたしは20代のころ、バブルまっただ中でありながら内面的に苦しくてデートなどという経験が少なかったので、今ごろそれを取り返しているという部分もあるのですが。

一人で楽しめる趣味、それもなるべくお金のかからないもの(笑)を持っていれば、ずいぶん日常生活の過ごし方が違うのでは。ブログでもいいし短歌や俳句なら短いから考えるのもそんなに時間かからないしね。新聞のクロスワードに挑戦とか数独に頭をひねるとか、なんでもいいんじゃないでしょうか。

プロになるためには上達という問題があるし売れる物を作るというまた別の覚悟が必要なのでしょうが、わたしは家人と静かな暮らしができて、好きな本を読んでちょっと考えてそれを文章にすることができれば、基本的には満足です。まだ物書きのプロになる覚悟がきっちりできていないということかもしれないけど。

物欲はきりがないし家の中が物だらけになるのは懲りたから、本当に必要かどうかよく考えてから買うことにしている。

ちなみに、家人はこもって仕事してることもあって、朝昼は気分転換を兼ねて外食するので、うちで食べるのは夕飯のみ。ちゃんと作って片づけが終了したところで1000円もらうことになっている。すぐ外食したがるので月にまとめていくらでは信用ならないというわけなのだった(笑)。

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