2007/9/3 月曜日

家人の母と神谷美恵子の話をする

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 23:32:44

エクセル学習第2回目で、府中に行った。

教室に行く途中で大國魂神社を通るのだけど、通勤前や買い物途中に一礼してから向かう人が多いのでおもしろいと思う。家人の母が府中住まいなので寄るときには、わたしもお賽銭をあげることにしている。今日は軽く会釈。このあいだはおみくじも引いた。

第15番 末吉
「言」言葉の怒りをまもれ
   言葉を制御せよ
   言葉の悪行をすてて、
   言葉の如行(善行)をおさめよ。

なんだかとても自分にふさわしい?(笑)おみくじだったのでここに書いておく。

帰りに義母(はは)のところに寄り、お昼をごちそうになる。どうもひとの家に行くとどっかり腰を下ろしちゃう癖が抜けないが、今日は洗い物はやってもらいたい、ということだったので仰せに従う。
義母は学生のとき史学専攻(中国史だったかな)で、中学と高校の歴史の教員をやっていた。身内の歴史上の人物に興味があるのは史学専攻の面目躍如だが、自分で文章を書くことには興味がないみたいだ。そこが文学畑のわたしとちょっと違う。史料集めに関心が向くらしい。

神谷美恵子のことを話してみると、生き方に興味を持って本を買って読んだが、今は手元にないという。わたしがなんとか文章にまとめたいと思っている、と言うと、そうねえ、なんというか、あっさりした反応でしたね。読みたい、とは言わなかったな。書くことに興味がないせいもあるのかなあ。(妙に肩入れされても書きにくいけど)

家人もわたしがこうやってブログをやっているのは知っていて、設定なんかはやってくれるが、中身についてはちっとも関心がない。神谷美恵子熱にも無関心で、なにをやっているのやら、という感じ。わたしも話さないが質問もしませんね。ときどき、(きみを)ねたにしちゃうぞ、とおどかしてはいるんだが(笑)。

 
*エクセル学習は間が抜けるとこぼれ落ちるから週に2回、一回3時間を2時間に変更してもらうことで話をつける。集中できるのは2時間くらいがいいところ。特に関数とか苦手な数字関係の話になってきたのでなおさら(笑)。今日はすごく勉強した気がした。

神谷美恵子と同年生まれの人々

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 7:37:45

またもや、農林水産大臣にお金の問題。安倍内閣にとって鬼門であるらしい。と同時に、今の日本の(自民党だけ?)政治家って、みんなそんなものなの?という不信感をさらに増幅させている。

太平洋戦争前に軍人が国を牛耳るようになった要因のひとつに、当時の政党がお金のことでいろいろ問題を起こしたというのがあったはず。つまらない主導権争い(政友会と民政党という二大政党があった)も国民の支持を失う原因のひとつじゃなかったかな?

歴史に学ぶとすれば、「美しい国」なんてへんなことを言う前に、どういうことをすると支持を失う羽目になるか。そういうことから実地的に学ぶべし。

*とにかくあらゆる角度から考えてみるのがいいだろうと思い、神谷美恵子と同い年生まれにはどんなひとがいるのか、調べてみた。こういうときはウィキペディアが便利である。とりあえず、日本の人だけ。

原智恵子(ピアニスト)、林家辰三郎(歴史学者)、芝木好子(小説家)、四宮和夫(民法学者)、岡田茂(三越社長)、後藤田正晴(政治家)、角田房子(ノンフィクション作家)

原智恵子は神戸の裕福な家に育ち、パリ音楽院で学ぶ。日本よりは海外で活躍した。ショパンコンクールでは15位という順位に観客が納得せず、「特別聴衆賞」というものが設けられたという。日本人と一度結婚し、子供もいたが夫とはうまくいかなくなる。カサドというチェリストと再婚し、カサド亡き後は彼を記念するコンクールを主催。晩年は日本に帰国し、静かに晩年を過ごしたという。

うちに1960年代演奏のCDがあるのだけど、テクニックはもちろんだけど音楽的な表情がたいへん豊かで、そんな人がいたのか、とびっくりする。

芝木好子は浅草の商家生まれの小説家。林芙美子が「あの人は優等生だから」と評した由。貧乏育ちの中から自分の文学を作り上げていった林芙美子とは肌合いが違う。わたしは自分には絶対書けない古風な女の肖像やよく整った文体が意外に好きです。『群青の湖(うみ)』『雪舞い』など。

角田房子は読んだことない。ウィキペディアで見ると、『甘粕大尉』とか『閔妃(びんひ)暗殺』とか渋いものが多いですねえ。血なまぐさいし。今のだらしない世の中に対してかなり批判的だろうなあ。この人だけ存命中。

*では、エクセル学習第2回目に行ってきます。

 

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