2007/9/1 土曜日

竹内まりやがラジオ深夜便に登場

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 17:37:32

きのう、竹内まりやがNHKAM第一放送の「ラジオ深夜便」に登場していた。
午後11時台とニュースなどを挟み、日付をまたいで午前0時台。
「特集竹内まりや」”デニムのように・わたしと音楽と人生と”
担当は秋山隆アナウンサー。金曜のこの時間はたしか生放送のインタビューである。

この番組を聴いているのはたぶん現在60代以上がほとんどだと思うが、わたしは20代のころからときどき聴いていたような気がする。全般に趣味が渋すぎるもので(笑)。

竹内まりやは宵っ張りで午前4時台の「こころの時代」などをよく聴いているのだそうである。というわけで、この番組には自分の希望で出演したとのこと。テーマ曲も作りたいくらいです、と言って秋山アナが圧倒されていた。

彼女の実家は出雲大社近くの旅館なのだけど、ご近所のひとが深夜便出演を知って実家に知らせ、出演前に実家から電話がかかってきたと話していた。

話は5月発売の最新アルバム「Denim」のほか、今までの音楽人生、夫である山下達郎の話など。山下達郎の「サンデー・ソングブック」(毎週日曜14時~15時、FM-TOKYO系列)を愛聴している人たちにとって目新しい話を拾ってみると、

*ほんとうは音楽雑誌の記者になるつもりだった。インタビューするのが好き(たしかに秋山アナにも逆インタビューして苦笑されていた)
*女の人が仕事を続けていくのはなかなか大変だと思うが、自分の場合は自由業で、子育て中は家でできる他人への曲提供だったし、アルバム復帰したときには同業の夫が家で子どもの面倒をみてくれたので、キャンペーンに出かけることができた。OLだ
ったら続けられなかったかもしれない。
*50代に入って、春の桜をあと何回見ることが出来るだろう、と思うようになった(これはNHKテレビの「SONGS」でも語っていたかな)。
*最近は日本語の美しさに目覚めています。この番組を聴いていても忘れていた言い回しがあるなあと思ったりします(ぱぐ注:最近はユーミンや中島みゆきも歌詞の日本語率が高まっているという)。
*夫がアレンジャーであるメリットは、ふだん生活している中で「こうしたい」「ここはこうじゃない?」と気軽に話が出来ること。大先生に頼んでいたら自分の意に染まらなくても「はい」と言ってしまうと思う。
*(「ご主人は亭主関白ですか?」と聴かれて)一見無愛想に見えるかもしれませんが、そうでもないですよ。お茶なんかはお互いに入れるし。友達夫婦ですね。とにかくお互いにしゃべっているのが好き。話の波長が合うんじゃないでしょうか。

かかった曲は「チャンスの前髪」「人生の扉」「もう一度」「砂に消えた涙」(?メモを取っていなかったので記憶曖昧。なにかカバー曲)最後に「駅」。

ダイアナ没後10年、その他

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 8:14:37

ダイアナ元皇太子妃、没後10年。
BSで亡くなった年に作られたイギリスのドキュメンタリー番組をやっていた。内気な少女が人目にさらされる立場になって、夫(チャールズ皇太子)からも周囲の人間(宮廷内で働く人たち)からも敵視され苦しむというのが痛々しかった。ようやく強さを持ち、包容力のある恋人が出来たところで亡くなった(あれは謀略?)。あのパパラッチ騒ぎはばかばかしいと思ってあんまり注意してなかったんだけど、亡くなったときには愕然としました。
わたしは子どものころからイギリスが好きだったので、新婚旅行はぜったいイギリス!と決めていた。結婚したのは96年9月。半年後の97年6月にイギリスに行った。
行くところはいろいろ研究したんだけど、その中にダイアナ元妃がひいきにしているフィッシュ&チップスの店というのがあったのだ。30センチもある大きな白身魚のフライと、その横にこれでもかと盛られたじゃがいも(チップス)にびっくりしたのである。お給仕のおばさんが、わたしたち持参のガイドブックにその店が載っているのを知って、おもしろがって笑ったのもよく覚えている。おいしかったです。

*小・中の授業時間が増える
なあに、自分で身に付けようと思わなかったらなんでも身には付かないんだから。まず本人がやる気になること。ならせること。
親が自分がやらないものを子どもに押しつけようってのも間違い。本が嫌いな親の子どもはまあだいたい本は読まないし、スポーツ好きなら子どもも好きになるでしょう?

神谷美恵子とわたしの人生はちょっとだけ重なっていて、中2の時に65歳で亡くなっている。むろん当時は知らなかった。学生のころ、自分の進路や親の問題で苦しんでいたので、もし存命だったら相談に行ったかなあと、ときどき考える。
今、後ろの方から社会情勢を年表に打ち込んでいるのだけど、亡くなった1979年は共通一次の実施、第2次オイルショック、インベーダーゲーム流行、ソ連のアフガニスタン侵攻、ウォークマンの発売、といったことがありました。

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