2007/9/29 土曜日

母校の文化祭

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 22:15:41

数年ぶりに母校(私立の女子中高一貫校)の文化祭に行ってきた。

特に誰とも約束しなかったのだが、卓球部の5年下の後輩Hさんと1年上の先輩Hさんに逢った。後輩Hさんはもしかしたらお嬢さんが今年受験するかも、とのこと、先輩Hさんはお嬢さん二人が在学中である。

わたしは高校卒業寸前になって、母校の国語か日本史の教員になる望みを持ったのだけど、大学が性格に合わなくて教育実習(国語)は母校でやらせてもらったものの、まじめに勉強する気を失ってなんとか卒業だけはした、という形だったので、とても母校に教員志望を申し出るわけにゆかず、断念した。
その思いはかなり後まで引きずっていて、今日も「もし教員になっていたらどうだったかなぁ」と思いながら見て回った。

もう一つの「もし」は自分に娘がいたら母校に入れるか?ということだけど、本人が気に入れば勧めるかもしれないな。先輩Hさんに前からそういうつもりがありましたか、と訊いたら、通える範囲で本人が気に入れば、という気持ちだったという。

今日は一日目で午後のみ。観たものは次の通り。
*中1の展示2つ
  キューピーについて
  黄色について(これは今年の中1の学年色。わたしの学年は赤、今年は高3)

*美術部の展示
 油絵が多かったようだ。田舎の家を描いた絵が上手だった。

*文芸部の展示
 漱石の「夢十夜」について。現役のころ、あったかなあ。あまり大きな声で言いにくいけど、わたしは文学青年・文学少女が苦手で、あったとしても入ってはいなかっただろうと思う。「感想を書いてください」と言われてたいへん困ったのだけど、「できたら書くことは続けてください」と書いてきた。部員の作品を集めた小冊子をもらう。

*自然科学部生物班と天文班
 苦手な理数系の中で唯一、好きだったのが生物。「アサギマダラ」という蝶のマーキング(写真は喜界島のもの)というのを最近始めたのだそうで、報告を見ていたら部員が説明してくれた。この蝶は羽が丈夫なのでマジックペンで文字などを書き、どこまで飛んでいくか確認するのだという。生物班はこの蝶がたくさん生息している長野県の川上村のあたりで合宿をしてやっているとのこと。いちばん遠いのだと韓国で見つかったという。

 asagimadara.jpg
 天文班はロケットや今の天体学の現在の説明。プラネタリウムの模型のほかは字の説明だけでちょっと地味だったなぁ。

*ギター部の演奏会
 2曲目から聴いた。印象に残ったのは芥川也寸志の「弦楽のためのトリプティーク」(3面一組の絵のこと、演奏されたのは第3面のみ)、ベイ・シティ・ローラーズの「Saturday Night」、パッハベルの「カノン」、アンコール曲ケルティック・ウーマンの「You Raise Me Up」(荒川静香がトリノオリンピックのエキシビジョンで使った曲とのこと)。

*高校演劇部の芝居
 演目は訊かなかったのでわからず。プログラムにもない。森に捨てられた人間の不満が木になるという、その精たち(?)のお話らしい。なかなか上手だったと思う。ある国の王様をたらし込んで国が滅びる元を作ったという赤いドレスの女(女子校なのでみんな女が演じてるのだが)が印象に残った。

 わたしたちの学年の途中に新任で赴任してきた家庭科のI先生が演劇部の顧問で、照明係をやっていた。あした寄席が久しぶりに復活するそうですね、と訊いたら、細々とは続いていたのだという。演目はお笑いだけらしい。今ブームなんだから落語をやる子が出てきてもいいと思うんだけど……あしたは別の用事があって行けないのがとてもざんねん。

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父兄や卒業生のためのカルチャー教室があって、我孫子にいるとき学年主任だったM先生の源氏物語講読講座に通ったのだけど、片道2時間がきつくて途中で挫折してしまった。先生をがっかりさせたのが申し訳なくて、チャンスがあればまた申し込みたいと思っていたのだが、もうやっていないことがわかって愕然とする。

前校長でわたしも習ったことがある国語のS先生が万葉集の講座を持っているらしい。仕事がちゃんと決まってできるようだったら申し込みたいが……

学校新聞の復刻縮刷版を無料で分けてくれるということだったので、ちょっと重いのだけどもらって来た。いろいろ取ってあったが東村山に来るときにだいぶ処分したのでたしかこれは残っていないんだと思う。それに学校の歴史にも興味があるし。

唯一の舞台経験「PIPPIN」

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 8:38:27

pippin-record.jpg

高三の文化祭のとき、クラスでミュージカル「ピピン」というのをやった。わたしがドーランを塗って舞台に立った唯一の経験です。

あのころよく知らなかったのだけど、これってボブ・フォッシーの有名な演出作品だったんですね。
参考にするためにNHKで放送したときのダビングビデオを大事に持っていたんだけど、ベータ版なので引っ越すときに処分してしまったらしい。DVDは出てないらしいのが残念。

音楽はカセットテープが手元にあるんだけど、今ラジカセがなくて聴けないのだ、残念。
ピピンというのは8世紀フランク王国の王様の名前。偉大な父王シャルルマーニュの後を継ぐのに迷い、いろいろ経験して成長するというお話。狂言回しがベン・ベリーンでピピンの継母がチタ・リベラ(「ウェスト・サイド・ストーリー」オリジナル舞台版でアニタ役を演じたという)、主人公ピピンがウィリアム・カットですね。思い出してきた(^^)。

卒業記念の高三だからクラスでも熱を入れてこんなむずかしいのを選んだんだろう。ダンスを習っている同級生(ドーランも彼女が用意した)が音頭取りになってやったのだけど、いやむずかしかった。踊りもあるんだものね。

わたしはピピンの異母弟で、ちょっと頭が足りないくせに野心家のルイスというのをやりましたが、何かに成りきるというのが大の苦手、出来にはまったく自信がありませんでした。歌は唄わなかったと思う。

台本は大事に取ってあります。今出してきたら、ずいぶんせりふの書き込みがあるなぁ。あとから追加したんだったかしらん。
歌詞をぜんぶ書き写したのもあった(英語と訳詞)。それに歌の楽譜。レコードの説明のコピーも。

<「ピピン」の歌をレコードに入れている歌手>というのがあって、
*Corner of The Sky(ジャクソン5、ダイアナ・ロス)
*Morning Glow(マイケル・ジャクソン)
*IGuess I’ll Miss The Man(シュープリームス、日本盤名「甘い失恋」)
と書いてありました。そうそう、みんな一回聴きたいと思っていたのだ。聴いたことある方いらっしゃいますか?

とここまで書いてから調べてみると、輸入盤のPIPPINの舞台版のCD再発がアマゾンに出てました。視聴もできます。今上に書いた3曲のカバーも入ってました。

画像を探すためにぐぐってみたら、10月に天王洲アイルで舞台をやるらしい。パパイヤ鈴木が狂言回し?杏子はピピンの継母かな。
 

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今日はその母校の文化祭に久しぶりに行ってきます。今年は寄席が復活しているとか。どうなってるんだろう。

2007/9/28 金曜日

ラグビーW杯、日本×カナダ

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 10:07:04

当日朝方に観るのを忘れてしまったので、きのうの夕方J-SPORTSで録画版をやっていたのを観た。家人のWiiスポーツの時間を待ってもらって時間を確保。

最後に同点に追いついたのは新聞やThe Stadiumで知っていたのだけど、観ながらはらはらした。

しかしジョン・カーワンヘッドコーチは就任9ヶ月でここまでにしたんだ、すごいなあと思う。1年前くらいだったら今度のW杯で1勝挙げられたんじゃないかと思う。世界最高峰のレベルを知っている人が教えると違いますねえ。サッカーでも同じだろう。

前半の最後にカナダの猛攻撃があってひやひやしたんだけど、持ちこたえられたのが良かった。ただ、前半にもう一つか二つトライを決めておきたかったな。体格や体重が一回り向こうの方が大きいので、日本選手は後半だんだんバテてきてしまって、タックルを破られたりするから。

カナダはウェールズやフィジーと違って、攻撃するときのステップにあまり変化がなく、タックルはしやすかったみたいだ。

最後の最後、カナダがまだ攻撃してるので、え、ここのどこからトライ+コンバージョン(2本のポールの間に向かって蹴ること)ができたの?と思ったのだけど、できたんですねえ。気迫を感じた。

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同点トライを決めた平浩二とコンバージョンを決めた大西将太郎

スポーツを精神論だけで語るのは好きじゃないんだけど、最後まであきらめない、というのは観客も味方につけるし、自分たちも達成感があって次につながる。4年後のW杯はどうなるだろう、楽しみだ。

同点に追いついたところで、思わず涙が出てきた。ほんとは勝てる試合だったと思うので、その点では残念なんだけど、見応えありました。

ところで中継した日本テレビは、放送時間に余裕を持たないから、トライ場面を放送し損なったりするんですよ。前後せめて20分くらいは番組の時間を取れよ、まったく。

2007/9/27 木曜日

思う存分仕事をやった、いい顔の男

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 8:12:49

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「東京人」10月号の特集は「生誕150年 後藤新平」。

神谷美恵子を知るには父前田多門(1884-1962)を知ることが欠かせないのだけど、その多門が内務官僚から東京市の助役にスカウトされたときの東京市長が後藤新平(1857-1929)。

後藤新平というのは医者から内務省衛生局長、台湾総督府、南満州鉄道(いわゆる満鉄)初代総裁、逓信大臣、内務大臣兼鉄道院総裁、外務大臣、東京市長、内務大臣、東京放送局(今のNHK)初代総裁、日独文化協会会長、と並べていくと実にいろんな肩書きのあった人だが(これでも主なものだけ)、写真を見ると実にいい顔をした男なんですよねー。
名前は知っていたけど、こんなにかっこいい人だとは思わなかった。これは司馬遼太郎のいう「人たらし」(自分の魅力で人を周囲に集める人)だなあ。女にもずいぶんもてたという。

いろんな意味で近代日本の行政のデザインをした人で、そのために無名の若手を抜擢することに長けていたという。「午後三時頃の人間は使わない。お昼前の人間を使うのだ」というのは、人事の妙を知り尽くしたことばではないかしら。

東京が関東大震災で被害にあったとき、復興計画にまっさきに取り組んだのが当時内務大臣だった後藤新平で、その計画の元は震災前の東京市長時代にすでに立てていたという。今の環状線とか、移転騒ぎになっている築地の市場、避難場所にもなるように建て直した小学校(たとえば銀座の泰明小学校)とか、みんな後藤がかかわっている。

もうひとつ神谷美恵子関連で言えば、両親の恩師である新渡戸稲造(1862-1933)を抜擢したのも後藤で(学者から台湾総督府殖産局長)、そういう意味では二重三重に神谷美恵子に縁があることになる。彼女は父が東京市助役をしていたころは小学生、東京市政調査会専務理事の時は成城高等女学校在学中。

こうやっていろいろ広がっていくのは、調べる方としては楽しいんだけど、いつまで経ってもまとまらないんじゃないかという不安がある。心づもりとしては半年くらいの間に第一稿を書き始めたい。

2007/9/26 水曜日

好きだったテレビ番組あれこれ

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 11:36:42

このブログは本の話題が多いんですが、たまには読者と共有できる話題としてテレビ番組を書いてみます。
思いつくままに。

ルパン三世(アニメ)
 午後6時台に放送していた。中1の時クラスで演じたことがあったので、あのころよく観てたんだと思う。自分が何の役をやったのか覚えていませんが……3人組では石川五ェ門が好き。大野雄二の音楽がかっこよかった。ウィキペディアで調べてみると第2シリーズですね、わたしが好きだったのは。

太陽にほえろ!(刑事ドラマ)
 竜雷太演じるゴリさんこと石塚誠刑事と、露口茂演じる山さんこと山村精一刑事が好きだった。ほかには沖雅也演じるスコッチこと滝隆一刑事がかっこよかったので、沖雅也が死んだときはびっくりした。
午後4時台に放送していたのを覚えてるんだけど、あれは再放送枠だったのかな?あとでNHKで放送された「シャーロック・ホームズの冒険」では露口茂がホームズの声を吹き替えてましたね。
ついでに言えばホームズを演じたジェレミー・ブレットはオードリー・ヘップバーン主演の『マイ・フェア・レディ』で主人公イライザに思いを寄せる貴族フレディを演じているのだそうですが、それを知った後に観たことがないので確認したいと思っています。

連想ゲーム(クイズ番組)
 長寿番組なので出演者がいろいろ替わっているようですが、わたしがよく覚えているのは、
司会:川野一宇<かずいえ>、松平定知、吉川精一
白組キャプテン:加藤芳郎、紅組キャプテン:坪内ミキ子
出演者:檀ふみ、岡江久美子、水沢アキ、中井貴恵、田崎潤(大声で答えを叫ぶおじさんだった)、大和田獏

カックラキン大放送(コメディ)
 中2の時、野口五郎の大ファンのクラスメイトがいてさんざん吹き込まれたので、観るようになったんだと思う。ナオコばあちゃんとか懐かしいな。実家のある調布のグリーンホールで公開収録をやっていたのも覚えている。観に行ったことはないですが。

ザ・ベストテン(歌番組)
 前にも書いたけど、実家のチャンネル権はずっと親にあったので、好きなものを勝手に観るというわけにいかなかった。鍵っ子だった家人の方がいろいろ観ているらしい。これは大いばりで(?)観てもいい番組だったので、弟と熱心に観ました。松田聖子のデビュー当時からヒット曲が続く過程や、最初のころ黒柳徹子にいじられていた桑田佳祐なんかを覚えてます。ちなみに2歳半下の弟は原田知世が好きだった。

未来少年コナン(アニメ)
 宮崎駿作品はみんな見ているわけではないんですけど、「コナン」と「となりのトトロ」「魔女の宅急便」が好きです。番組の真ん中へんでスロットみたいなのが出てくるのがおもしろかった。登場人物では子豚を連れて歩くジムシーが好き。

ふたり(ドラマ)
 赤川次郎原作、大林宣彦監督。中島朋子演じる姉・千津子が事故死してしまい、石田ひかり演じる妹・実加の頭の中だけに話しかけてくるというお話。原作も読んだ。
あとで映画版が公開されたときに新婚早々の友達を誘って観に行った。銀座の映画館で観て、帰りに銀座の会社に勤めていた彼女のダンナと合流して軽く呑んだのだけど、その日はたまたま彼女の誕生日だったので、なんだか悪いなと思ったのを覚えている。わたしに「呑ませない方がいいね」と二人の意見が一致してました(笑)。

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テレビ番組は入れ替わりが激しいから、ちょっとした世代の違いで観ているものが違うと思う。本とはそこが違うかな。もっともわたしは本については同世代が読んできたものはよく知らないんだけど。村上春樹って同世代が読んでますよね?わたしは30代半ばくらいから読み始めた。

そういえば、トレンディドラマって観てませんね。「東京ラブストーリー」なんてロケ地(鉄道の駅)で同行した親友が感激してたのに、なんのこっちゃ、という感じだった。あのころ精神的にきつかったから、ちゃらちゃらしたドラマを観る気になれなかったのかなぁ。「北の国から」も知らなかったので、これも富良野へ同行した親友が感激してたのに同調できなくて申し訳ないと思った。

最近はWiiスポーツにはまっているので、ドラマは全然観てません。

2007/9/25 火曜日

チック・コリア×上原ひろみ@ブルーノート

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 11:12:57

楽しみにしていた上原ひろみの生ピアノを初めて聴くことができた。
同行者は家人と、家人のアマチュアバンド仲間であるクイズ作家のAさん

聴きながらこれをどうことばで表現するか考えていたのだけど、
*タッチが力強い
*音の粒が立っている
*全体にムラがない
というようなことでしょうか。

綾戸智恵を初めて生を聴いたときにも、よし、あしたからがんばるぞというエネルギーをもらったのだけど、あれに似ているかなあ。

何より、ピアノに対するトラウマ(親の強制的な押しつけでいつまでも続けなくてはいけないのが、いやでいやで仕方なかった)が、消えちゃうかも、という気持ちになったのがすごい。クラシックじゃないからかもしれないけど。

曲目はよくわからないまま聴いたんだけど、知らなくたってだいじょうぶ、と言いたくなった(誰に?)。
アンコール最後の「スペイン」はチック・コリアの代表曲のひとつだし、家人もバンドで何遍もやっているからさすがに知っていたが、かっこよかった。

11月に今度は自身のバンドとやる上原ひろみを同じ会場で聴きます。同行者も同じ。

そういえば、結婚する前に家人がブルーノート(まだ満員電車みたいなせまーい座席の時)に連れてきてくれたんだけど、何を聴いたんだろう?ぜんぜん覚えていない。家人は過去のことをほとんど覚えてないやつなので、訊いても無駄だった(笑)。

今ほとんどうちに籠もっているせいか、知的な会話に飢えているらしく、Aさんと話すのは楽しかった。家人は自分が関心を持っていること以外は聴いてないから、わたしも話題にしないので。

2007/9/24 月曜日

戦争へ傾斜していく時代と神谷美恵子

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 10:29:34

神谷美恵子のことを書くのにどういうスタイルで書くか、年譜を作りながら考えているのだけど、そういえば江藤淳の『漱石とその時代』(新潮選書)というシリーズがあったなぁ、と思い出した。
学生の時、漱石を扱う講義を取ったのだけど、正直言ってあまりおもしろくなかったので、父の書棚にあった江藤の『夏目漱石』(新潮社、文庫になってます)を勝手に熟読した。『漱石とその時代』も最初の方のが実家にはあった気がする。

あれは本人が自死してしまったので、未完に終わったんですよね。奥さんが前の年に亡くなって本人も脳梗塞になるとか、気力の衰えはあったのだろうけど完成して欲しかったなぁ。調べてみると5巻まで出ているらしい。どのへんまで行ったのかしらん。そのうち図書館で借りてみよう。

今作っているのは満州事変から戦争が終わるころまでの社会の動きなので、だんだん戦争へ突き進む過程が見えてきて、楽しくない。そのころの神谷美恵子は自分の内面のことで悩んでいて、あんまり社会の動きには左右されていない気がする。

中島敦もあの戦争のさなかに書いたということを意識させない作家なんだけど、つまり現象だけを追うような書きものは、あとに残らないということでしょうかね。テーマは常に自分の中にある。それを引き出していけば、なにか深いものが得られるということかしら。

2007/9/23 日曜日

クラブの同学年で集まることについて

Filed under: 日記 — ぱぐ @ 8:02:43

中高の時、卓球部だったことは何回も書いているが、1年に一回くらいは同学年で集まっている。高2の引退時期まで続けたのは6人。この6人にはやはり特別な結束力があるように思う。
わたしのダブルスの相手は中3でやめてしまったので(実力不足を補うために黄色いウェアで威嚇作戦に出たのがなつかしい)、その後は戦力的に劣ることもあって、たしかダブルスは組まなかったんだと思う。

このあいだバロックコンサートで逢ったIさんは軟式テニス部だったのだけど、そんな集まりはやっていないという。卓球部でも年に一度のOG会にまとまって来るような学年はやはり仲がいいようで、横の連絡が取れている。

卓球部の面々で集まるのは、たいてい誰かが結婚したとか子供が生まれたとか引っ越したとかで、まあ動機がないとそれぞれ子供の稽古事の送り迎えとか自分の仕事で忙しいので集まろうという気持ちにならない。

で、今度は我が家が引っ越して来月で1年になるので、うちに来てもらうことにして、今調整中。

うち以外は子供がいる面々で、一人だけまだ小さい女の子がいるけど、あとはもう中学生とか小学生なので、子連れではなくなってきた。我孫子の家に来てもらったのはちょうど10年前の冬で、ダンナも来た人がいたから総勢12,3人じゃなかったかな?椅子では足りなくてリビングの床に座ってだべった。

子供が小さいときはどうしたって子供中心で遊び相手になったり(卓球をやったこともある)、ばたばた走り回る子がいてとてもじゃないが、静かに話をするという感じではなかった。子供がいないわたしは、じっくり観察させてもらったのだけど。

今度の集まりでは、現役当時一緒に練習していたWさんにも来てもらおうと思って連絡したのだけど、家族の都合で家を空けられそうもないとのことなので、日にちが決まったら連絡だけしますね、ということにした。WさんはSコーチの知り合いで、コーチでも先生でもない、何かあると相談できる大事な人で、卒業文集にはWさんのことを書いた。そういう気持ちがあったので一緒にどうぞと声を掛けたんである。

わたしはそのころから母とがちゃがちゃやっていたから、事情はよく知っている人なのだけど、いや、実は今もいやなんですよ、と言うと、
相手がどうじゃなくて、あとで自分が後悔しないようになるといいと思うけどなあ
と言われた。Wさんはお兄さんや義理の関係のひとを亡くすということが最近続いたので、いろいろ思うことがあるのだという。

仕事がまだ決まらないのが宙ぶらりんな気持ちでよくないんだけど、卓球部のみんなが来るときにはどうなっているだろうか。
→応募したところから書類が帰ってきたので、また新しく考えなくちゃ。どうしよう。最近いらいらしているのが自分でわかるので、まずいと思っている。

2007/9/22 土曜日

松田聖子の歌で好きな5曲

Filed under: 未分類 — ぱぐ @ 8:56:47

コメント欄が復活したことだし、バトンと行きますか。文末に渡しますので、よろしくどうぞ。

松田聖子がデビューしたのは1980年。わたしが中3になった年だ。実家では観ていいテレビ番組が限られていて「ザ・ベストテン」はよく観たけど、「夜のヒットスタジオ」はあまり観た覚えがない。

高3のとき同じクラスの友達が、「松田聖子と北の湖が好き」と騒いでいて、「その組み合わせ何?」とおもしろがったことを覚えている。あの年(1984年)のヒット曲は「Rock’n Rouge」(松本隆・作曲、呉田軽穂=松任谷由実・作曲)だった。

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で、選んでみました5曲。うちにはベストアルバム「Bible」(1991)のMD版があって、明るく気分転換したいときにちょっと大きめの音で流す。その中から。

1.赤いスイートピー(1982年。松本隆・作詞、呉田軽穂=松任谷由実・作曲)
  なんたってこれがいちばん好きだ。と騒いでいたら、家人が「女の子はこれが好きなんだよね」と横でつぶやいた。

2.渚のバルコニー(1982年。松本隆・作詞、呉田軽穂=松任谷由実・作曲)
  テレビの歌番組を観ていたら、「あなたを愛してる♪」のところでじっとカメラを見つめるので、なんだかどきどきしちゃったことを覚えている。

3.風立ちぬ(1981年。松本隆・作詞、大滝詠一・作曲)
  「夏の扉」と迷ってこれにしました。題名がやや文学的だから(笑←堀辰雄の『風立ちぬ』を意識してるでしょう)。季節感がよく出ているのが好きです。大滝詠一はアルバム「ロング・バケーション」は聴いてないんだけど、一時期ファンだった稲垣潤一の「恋するカレン」と、本人の「幸せな結末」が好き。山下達郎の「サンデー・ソング・ブック」に正月恒例で出演するんだけど、仙人みたいでおもしろい。

4.白いパラソル(1981年。松本隆・作詞、財津和夫・作曲)
  「ディンギー」って何?と思って調べた気がする。ヨットのことですね。

5.あなたに逢いたくて~ Missing You ~(1996年。作詞・作曲とも松田聖子)
  この年に結婚したので、カラオケに行くとよく唄った気がする。

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ではバトンを渡す人。やはりこれは同級生がいいでせうね。お題は同じく「松田聖子の歌で好きな5曲」。
 みどりちゃん(今忙しそうだから時間のあるときでOKです)
 たけ
 がな
 しほちゃん
 ぼなぺ亭

(ご参考まで→ウィキペディアに主なヒット曲の一覧があります)

よろしく~

2007/9/21 金曜日

増島みどりさんのこと

Filed under: 散文・文章 — ぱぐ @ 10:50:51

さん付けにしたけど、知り合いではありません(笑)。

父があるスポーツ新聞の整理部に長くいたために、実家では各スポーツ紙をほとんど取っていた。なかったのは関西のデイリースポーツくらいじゃなかったか。

その中でわたしが愛読していたのは父が勤めていたのとは違う日刊スポーツ。いちばん読み応えがあり、社会面の取り上げ方もおもしろいと思っていた。

高2のときだったか、クラスに野球ファンの友達が何人かいて、わたしと一人がドラゴンズファン(わたしは上川誠二、彼女は田尾安志)、一人がカープの高橋慶彦ファン、一人がジャイアンツの吉村禎章という具合だった(名前を書いていくと当時が思い出されます)。
ときどき彼女たちのために前日のスポーツ紙を持って行った。前にも書いたけど、わたしがスポーツ紙を読むのはサマになっていたそうです(笑)。

あのころから日刊は署名記事が多かったような気がする。その中で増島みどり、という名前に注目するようになった(4つ上なので入社年次を考えると1985年くらいから?)。女のスポーツ記者ということに注目したような気がするし、文章がよかったのもあったと思う。

わたしのなりたかったものは、1.国語の教員 2.新聞の校閲記者 3.博物館か美術館の学芸員あたりなのだけど、稼ぐ仕事とは別になにか物を書く人になりたいというのがあって、できたら文化系のネタになるものがある職場がいいという気持ちもあったんじゃないかと思います。

今振り返ってみると、どんな職場でも人間観察はできる、ということがわかったのは志望どおりに行かなくてよかったことのひとつだろうか。まあ考え方次第だけど。
文化系のつっこんだ話ができる相手は今まで仕事した職場(公益法人、スーパー、編集プロダクション)のどこにもいなかったので、つまらなかった。編集プロダクションではけっこうできるのかなと思ったが、若い人が多くて話が合わず(^^;)。

増島さんは1997年からフリーのスポーツ記者として活躍していて、たしか中田英寿の本も出していなかったかな。今ラグビーW杯をやっているのだけど、新聞記事以外で誰か書いてる人はいないかなと思ってネットで探したら、「ザ・スタジアム」というサイトに増島さんが書いているのを発見してなつかしくなり、ついこんな文章を書いてしまいました。サイトの運営会社代表が増島さんですね。ほー。
きょう明け方のラグビーW杯日本対ウェールズ戦の選評はまだ出ていないようだ。とりあえずその前のコラム「体を張る」

選手へのインタビューを読んでいると、長いつきあいの相手から信頼されているのがよくわかる。有森裕子のラストラン(今年の東京マラソン)直前のインタビューでは、有森のそれまでのマラソンすべてを目撃してきた人ならではのものになっていた。

スポーツ紙でつっこんだ記事を読みたいときには、今でも日刊スポーツを駅売りで買います。

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